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ADHDの私が苦難を乗り越えて幸せな結婚を手に入れるまで

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この記事は20代の女性に書いていただきました。

………..

私は25歳女性です。
約4年前にADHDの診断を受けました。
きっかけは、新卒で就職したもののパワハラに遭い、精神的に追い込まれて心療内科を受診したことです。
診断は、ADHDと抑うつ状態(うつは発達障害による二次障害から発生)でした。
まさか、ADHDと診断されるとは思ってもいなかったので驚きました。
その後に家に帰ってからネットでADHDについて調べると、まるで私のことを書いているようでした。
思い起こせば、幼少期から、おしゃべり、かんしゃくを起こす、片付けられない、字が汚い、忘れ物が多いなどがありました。
周りからも、「おっちょこちょい」や「面白いやつ」という扱いでしたので、自分ではそんなに気にしていませんでした。
他の人より少し、そそっかしいだけだと思っていました。

居づらくなっては、転職の繰り返し

短期大学までは、「面白いやつ」で通用していた私ですが、社会に出て厳しさを知ります。
仕事を覚えられず何度も聞く、話をとっさに理解出来ない、ケアレスミス連発、大事な時に忘れ物をする、提出期限を守れない、これが私でした。
仕事が出来ない私は、1年で職場に居づらくなり、退職をしました。
障害者施設で生活支援員、給食会社で栄養士、特別養護老人ホームで介護職員とどれも長くは続きませんでした。
仕事でミスをするほど人間関係が悪くなりました。
このように仕事面では苦難が続きました。

治療はうつとADHDの両方から

治療は、何種類かの薬を実際に服用し、調整した結果、今はコンサータ(ADHDの薬)、エビリファイ(抗精神病薬)、イフェクサー(抗うつ薬)の3種類を飲んでいます。
コンサータは、私に合っているようで、集中力が改善され、常にあった眠気が改善されました。
今は、薬を飲んで落ち着いています。

悪い事もあればいい事もある

生きているだけでも辛い私でしたが、良い事もありました。
新卒で務めた先の同期の子に知り合いを紹介してもらいました。
その人と、苦難を乗り越えて4年後に結婚しました。
仕事が上手くいかない私の唯一の支えとなってくれました。
友達、家族も支えてくれましたが、旦那は本当に心から信頼し、何でも話せる人でした。
しかし、幸せな結婚に至るまで道のりは長かったです。

ここでも私の人生を邪魔するADHD

付き合い始めは、旦那との関係は良好でした。
しかし、喧嘩になると私はかんしゃくを起こしていまい、思ったことをそのまま口に出してしまうのです。
何十回と「別れる」と発言したか分からないくらいです。
それでも、旦那は私をなだめ、抱きしめてくれました。

たくさん罵声を浴びせ、傷つくことを言っても、ずっと耐えていてくれました。
お部屋だって片付けられず、抑うつ状態で体が動かない時だって、こんな私を嫌いにならないでくれました。
普通に考えるとそんな女、捨ててしまった方が楽です。
それでも私を、出逢ってからずっとずっと支えてくれました。
私にとってこんなに大切な人はいません。
ADHDの人にとって、ありのままの自分を受け入れ、支えてくれる人を見つけることはすごく大切なことです。

おわりに

見た目は普通なので、ADHDとは理解されにくいと思います。
その為に辛い思いをすることも多々あります。
ADHDではない人だって、完璧な人間はいません。
きっとそれは「個性」であって、それを受け入れてくれる人が必ずどこかにいます。
もう出逢っているかもしれないし、まだこれからかもしれません。
私は旦那のおかげで、ADHDの一番の対処方は、自分のことを良く知り、大切にすることだと気づきました。
そうすれば、自然と生活の中で、自分に合った工夫ができるようになります。
私はこれから、今まで私を大切にしていてくれた人たちに感謝をし、今まで以上に周りの人を大切にしていこうと思います。

[参考記事]
「発達障害の「二次障害」とは何か。放置すると大変なことに」

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