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ADHDである私が社会人になって直面した大きな壁

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この記事は20代の女性に書いていただきました。

…………

私がADHD(注意欠陥・多動性障害)であると診断されたのは大学を卒業して1年後のことでした。
それまではADHD(注意欠陥・多動性障害)という言葉も知らず、ましてやそれが自分の今後の社会人生活に大きな影響を及ぼすことになるとは考えたこともありませんでした。
しかし、約20年の人生を振り返ってみると、自分自身の体験してきた経験が、如何にADHD(注意欠陥・多動性障害)の特性と結びついていたか、またその間、どれ程の生き辛さを抱えていたのかに気づきました。

ADHD(注意欠陥・多動性障害)の特徴/学生時代

前述の通り、学生時代は自分がADHD(注意欠陥・多動性障害)であると知らずに日々の生活を過ごしていました。
けれども、その頃から既にADHD(注意欠陥・多動性障害)特有の症状は現れていました。

まず、大きな特徴の一つは対人関係です。
小学生の頃から、私は人間関係で上手に立ち回ることやコミュニケーションが苦手でした。
加えて、同世代の女の子が興味を持つであろうファッションや芸能、音楽関係やアイドルの話しには全く興味が無く、クラスの女の子同士の世間話についていくことができませんでした。
また、人見知りで口下手なことも手伝って、常にクラスのなかで孤立しがちであり、いじめにも遭いました。

もう一つの特徴は、得意科目と苦手科目の差が激しい事です。
私の場合、国語や社会/歴史といった文系科目は非常に得意で、中間、期末試験では高得点を取っていました。
一方で、数学や化学といったいわゆる理系科目は極端に苦手で、試験ではいつも欠点ぎりぎりの点数でした。

こうした能力の極端な偏りは、ADHD(注意欠陥・多動性障害)最大の特徴の一つです。
しかし、当時の私はその事に気づく余地も無く、単純にこれらの科目が苦手なだけであると考えてきました。

また、私は非常にマニアックな趣味を持ち、1つの事を追求する特性を持っています。
前述の通り、私は同年代の女子が興味を持つ物事には関心がありませんでした。
J-Popやジャニーズの音楽、K-popには全く興味が無く、英米の洋楽Rockやアーティストを好んで聴いています。
その他にはモータースポーツ、F1観戦が好きで、それらに対する知識は専門家と言っても良いくらい豊富なものでした。

いずれにせよ、学生時代には上記のような特性が、生活に大きく支障をきたす事はありませんでした。
試験の点数で多少苦労することや、人間関係に悩むことは多々ありましたが、学校を辞めなければいけない程の事ではありませんでした。
私はいわゆる素行不良や問題児ではなく、寧ろ学校では大人しい目立たないタイプの生徒であった為、学校のなかにおいては特に問題なく生活することが出来ました。

社会人になって直面した大きな壁

こうして学生時代はどうにか過ごしてこられた私ですが、社会人として会社で働き始めた途端、大きく行き詰まることになります。
大学卒業後、私は大手物流会社の本社勤務に採用され、そこで財務部に配属されました。
しかし、次から次へと来る業務に対して、どうしても優先順位がつけられず、忙しい時にはどうして良いか分からなくなってしまうことが殆どでした。
また、業務についての話を聞きつつ同時にメモを取ることが極端に苦手で、後で復習しようとすると自分のとったメモを自分で理解できないという始末でした。
加えて数字の計算間違いや見間違いといった不注意も多く、その為か他の同期と比べて私に割り与えられる仕事が少ないので、手持ち無沙汰になることも多々ありました。
その上、私のそうした状況を良く思わないお局さん(おつぼね)に陰で色々言われることもあり、私にとって会社での生活は辛い日々でした。

こうした学生時代には想像もしていなかった状況や環境に精神的に落ち込んでしまい、結局新卒で入社した会社を3ヶ月で辞めてしまいました。
先の会社を辞めてから約1ヶ月後、今度は洋菓子和菓子の専門商社に内定を貰い、営業事務として勤務を始めました。
しかし、会社が繁忙期に入るにつれて業務量と先輩の指導のペースについて行けなくなってしまいました。
次々に来る注文に優先順位をつけて処理をすることが出来ず、発注締めの時間に間に合わなくなってしまう事の繰り返しでした。

私を指導するチームリーダーとの折り合いも悪くなり、6ヶ月の試用期間後の面談で、
所長から、「君には協調性が欠けている。この会社と組織には向いてないから辞めて欲しい。」と言われ、結果「会社都合」での退職を余儀なくされました。

心療内科を受診/ADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断されて

転職先の会社でも前職と同じような状況に陥ってしまい、流石にショックを受けたので、知り合いの勧めで心療内科を受診することを決意しました。
そこで主治医による診断と、臨床心理士による発達検査を受けた結果、ようやく自分がADHD(注意欠陥・多動性障害)であると判明しました。
聞きなれない言葉の割には、自分がADHD(注意欠陥・多動性障害)であることにそれ程驚きはありませんでした。
自分のこれまでの過去と比較して、驚くほどADHD(注意欠陥・多動性障害)の特性と一致したからです。
寧ろ今まで何故仕事で上手くいかなかったのか、これまで自己不全感を抱えていた理由が分かってほっとしました。
それだけでなく、得意不得意分野の極端な偏り、例えば短期記憶や処理速度の能力は高いが、長期記憶や空間認知力は極端に低い等があることも分かりました。
これが仕事で息詰まる原因となっていました。

ADHD(注意欠陥・多動性障害)ということが判明したとしても、根本的な治療薬があるわけでも、生活が180度変わるわけでもありません。
しかし、生きづらさの原因を把握できることと、自分の得意不得意を知り、これからどういう具合で生きていくかという、1つの指針を得られる点では、
これは非常に重要なことであると考えます。
私は幸運にもまだ若いうちに自分の特性を知ることができましたが、それでももっと早い段階で分かっていれば、また違った道を歩むことができたのかもしれません。

その為にも、今後の社会に望むことは、ADHD(注意欠陥・多動性障害)とはどういったものかをもっと世間に広く知ってほしいということです。
そして、その為に自分自身も協力していきたいと考えています。
現状の私は、未だ自分の人生の指標を見つけられていません。
しかし、時間がかかってもそれを見つけ出し、ADHD(注意欠陥・多動性障害)であるとしても社会で大きく活躍できることを示すことが、今の私の課題であり目標です。

[参考記事]
「ADHD(注意欠陥・多動性障害)とLD(学習障害)の特徴について」

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COMMENTS & TRACKBACKS

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  1. 自分と似た方が居て安心しました。40代既婚です。長女が発達障害です。芸術系の大学を出たので、変わった人が多くこれは人生において重要なことだったと思います。私もジャニーズや日本の恋愛ドラマなど興味が湧かず音楽も然りで、今でも洋楽ばかり聞いています。パソコン作業は好きで不動産の事務をしています。不動産はマニアックなくらい好きなので今の仕事は向いていると思います。ただ、女性が普通に興味を持つことに興味がないので他の女性従業員とあまり会話がうまくいっていない事を感じます(^^;;

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