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発達障害の息子はチック症で、感情を抑えられない

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この記事は発達障害の子供を育てている30代の女性に書いていただきました。

………………

夫の暴力によりチック症が現れる

 乳児期から息子に対する夫の暴力がありました。息子は「高い高い」を非常に恐がる子だったのですが、それは怖がって泣いてる息子を面白がって、夫が高い高いをやり続けていたことです。夫は楽しそうにそのことを私に話してくれました。また、生後3ヶ月頃には夜泣きにイライラした夫が息子の頭を鷲掴みにして持ち上げながら、怒鳴り散らしました。私は息子を連れて別の部屋に移動してやり過ごしました。念のため翌日小児科へ行きましたが、「異常はないと思われます」ということでした。

 それからは何事もなく10ヵ月を迎え、私は働きに出ることになりました。息子を小型の認可外保育園に預けて2ヶ月が経った頃、保育園からの連絡ノートに、「息子の瞬きの回数や目の動きが気になります。」と書いてありました。もしかしたら、チック症ではないかということでした。精神的な理由から症状が出ているのかもしれないと言われました。小児科にかかりましたが、医師も首を傾げるばかりでした。「自然に治りますよ」という感じでした。

 息子にとって保育園はまだ早すぎたのかなと思いましたが、働かないと食べて行けないので、家では常に息子を抱っこして安心させてあげようとしました。たまたま日曜日どうしても出勤しなければいけなくなり、夫に3時間だけ息子を見ていてくれるようにお願いしました。帰宅してみると、夫が寝てる横でハサミを持って床を叩いてる息子を見て、血の気が引きました。すぐ、夫に怪我がないか確かめ、無事だったのでホッとしましたが、この出来事は今でも忘れられません。

 こんな夫では安心出来ないと思い、息子が1才半頃離婚しました。それから母子生活が始まりました。夫の影響が無くなったからか、チック症と言われた息子の症状は改善され、保育園でも気にならなくなったと報告を受けました。

再婚するが苦労が絶えず

 ある日息子と公園に遊んでいて、息子が喉乾いたというので公園脇の自動販売機に一緒に買いに行きました。公園の側には踏み切りがある為ずっと手を繋いでいたのですが、飲み物を取るときに手を離した瞬間、息子は走って線路に飛び出そうしたところを止めてくれたのが、現在の夫です。何かと公園で良く出会い、息子と遊んでくれているうちに息子は彼のことをパパと呼んでいました。

 私とは11歳離れておりましたが、息子が必要としてるならと付き合うことになり、再婚を決めました。お義母さんも一緒に暮らしていましたが、とても優しい方で面倒見のいい方だったということもあり、安心していたのです。彼の家は戸建てでした。彼の父親の借金のせいで母の住むところがなくなり、今から5年前に彼が将来の家族の為と母親の為に建てた家です。

 住み始めて半年頃、お義母さんが変わり始めました。節約をしなさいと。母子生活だったので節約はしていたつもりでしたがお義母さんにとってはまだ足りなかったようでした。
・フェイスタオル、バスタオルは1週間に1人1枚のみを使用。
・ハンドタオルは3日に1人1枚のみ。
・湯船に浸かるのは3日1回。
・シャワーは1日1回だが、頭、体を洗う際は湯船の残ってる水で濡らし洗い、最後にシャワーでキレイにする。
・トイレ使用時。息子の排尿のみなら流さない。

 その他にも息子の食べ方に厳しかったり、子供を作れと毎日言われ、かなりのストレスでした。その頃の私は仕方ないと諦めていたので逆らうことをしませんでした。

 しばらくして長女が生まれて、少しお義母さんの性格も緩和されました。ただ息子の瞬き(チック症)の回数が少し気になりましたが、私以外の誰もが気にならないということでした。妹の世話も進んでやってくれていましたが、泣き止まない妹を泣き止ませようとしたのか、息子がビニールで妹の顔を覆っていたときはゾっとしました。すぐに止めさせ、「こんなことをすると死んじゃうんだよ」と言い聞かせるように話しました。

 次の年も次女を出産しました。3人仲良く遊んでいましたが、何かと息子だけがすぐに怒り出してケンカが始まることが増えました。そして、妹に足を引っ掛けて転ばせたり、ぬいぐるみを妹たちに投げつけて泣かせたり、そういう行動が増えました。家では感情を抑えることができない感じだったので、小学校の学校の先生に息子の様子を尋ねたところ、「小学校では喧嘩は多いものの元気がよく、良くお手伝いをしてくれて、みんなを笑わせてくれる「おちゃらけキャラ」です」と言われ、少し安心していました。

 しかし、ある日学校から連絡があり、植物観察の際にハサミを使ったそうで、その時植物にいたイモ虫をハサミで切り刻んだそうです。理由を聞くと、「茎の中を見たから、イモ虫の中もどうなってるか見てみたかった」ということでした。その頃から息子の瞬き(チック症)の回数が増え、ウッウッと声を漏らすようになったり、口の動きや、肩の動きにまで症状が広がりました。歩き方も肩が勝手に上がってしまい、よろめいてしまったりしていました。

学校から毎日電話

 夫は変わらず息子と友達のように遊んでくれていましたが、さすがに息子の行動に不安を覚えたようです。しかしどうすればいいかも分からず、小児科の医師に相談しても、これといったアドバイスは貰えず小学2年に上がりました。新学期も間もなく、毎日のように学校から電話が来るようになりました。友達と喧嘩した際に、感情を抑えることができず手に持っていたえんぴつで友達の肩を刺したり、友達の顔を鼻血が出る程強く叩いてしまったり。さらには授業中に歌い出したり、提出物が全く提出されてなかったり、手紙も机の中にぐちゃぐちゃに入っていたりと、学校側からの注意がほぼ毎日ありました。

 学校側から「何か障害があると言われたことはありませんか」と聞かれ、「ありません」と答えると専門の病院に行くことを勧められました。予約電話してみると、初診は4ヶ月も先でした。

 家でも、何かちょっと注意すると、例えば、4歳年下の妹と玩具の取り合いになったときに、私が「かーしーてー、と、いーいーよーって言って仲良く使ってみたらどうかな?」と言うと顔を歪ませ、持っているものを感情的になって投げ捨てます。「私が、何が嫌だった?」と尋ねても地団駄を踏み、泣き叫びます。その他に、イスから転げ落ちるので、「危ないよ?落ちちゃうなら、床に座って遊んだら?」と言うと、イライラし出してまた地団駄を踏み、私を睨みつけます。手に何かを持っていれば、それを使って自分を叩いたり、えんぴつなら、それで足を刺したり。泣いてる兄を気遣い、大丈夫かと駆け寄る妹達をどついたり、蹴ったり…注意をするのが怖くなりました。息子も暴れ狂う感情を抑えることが困難だったと思います。

 電話予約の際にビデオなどがあるといいと言われていたので、ばれないように携帯でビデオ撮影。もちろん息子に向けられないので、ほとんど音声しか分かりませんでしたが。何回か記録しました。夫も、そんな息子を目の当たりにしてから、少しずつ態度がおかしくなり、何かと叱ることが増えました。仲良く遊ぶ姿を見るのはなくなりました。

病院で診断

 病院初診では息子の様子を観察したり、遊ばせてみたり、テストをしたりしました。私は息子の出生からのことを全て話しました。結果は1ヶ月後。結果は、「息子さんは発達障害です。その中の自閉症ですが、ADHDの性質もある」と言われました。そして、過去の生活環境や今の生活環境が息子にとって、病状を悪化させる可能性が高いと言われました。息子を注意をするときのアドバイスとして「叩かれたら、痛い?痛くない?」とその場で聞いていきながらダメだと教える方が息子は聞き入れやすいかもしれないと言われました。改めて説明をしてもジッとして聞いていられないからだということでした。そして、息子がイライラし始めたら、感情を鎮めるためにまず抱きしめましょうと言われました。

 毎月2回は診察と心理治療に通っています。心理治療では、遊びながら学ぶというやり方でやってくれているようです。絵のカードで自分の気持ちを表現することを教えてくれているのですがまだまだ感情のコントロールは難しいそうです。薬も処方してもらっています。ストラテラの量は半年毎に増やしていますが、効果はみられません。現段階ではストラテラの服用継続と心理治療継続で治療していく予定です。治療はしていますが、普通学級ではなかなか難しくなってきてるので、子供家庭支援センターにも相談しながら転校も視野に入れています。学校では何かと友達にちょっかいを出してまうようで友達関係が上手く行かず、授業中は席には座ってられるようにはなったものの、机を叩いて音を出したり、授業の切り替えが難しく前の授業の教科書を開いているなど普通学級では限界があるのです。

 少しずつですが、息子の将来のために出来ることを今、精いっぱいやってあげたいと感じています。

[参考記事]
「発達障害の小学生の息子は暴力が多く、肋骨を折られました」

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