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発達障害の私の特性。空気が読めない、知能が高い、絶対音感など

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この記事は20代の女性に書いていただきました。

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 私は広汎性発達障害(自閉症スペクトラムとほぼ同じ)です。現在は29歳で大学院生をやっています。診断を受けたのは大学生の時でした。知能は高い方だったので多くの事はその知能で補填することができましたが、嘘くさい世界に生きているような窮屈な感覚を抱えながら、「消えたい消えたい」と思いながら生きてきました。また、一般的な人が当たり前にすることが分からない事を必死で補填するので、衝突したり、自分を押し殺したりして、常に疲れていました。

不登校になった小学校時代

 思えば、体の反応は2年生くらいから出ていました。朝、体がだるくて、しんどくて学校にいけないという事が頻発しました。病院でチェックを受けましたが、身体異常は特に見つからず、ただ怠惰なのではと言われました。また、原因不明の咳が続き、吐き気を催すほどの酷い状態でした。それが原因で一度入院しています。しかし、入院すると咳が出る頻度は驚くほど減りました。それでも、何とか普通に学校に通っていました。恐らく、積み重なった発達障害を原因とする辛さから二次障害になっていて、それが体の症状として表れていたのではないかと思います。

 転機が起きたのは、4年生の後半でした。その辺りから女子特有の言わなくてもそのグループ内では通じる話、好きな子の話が増えましたが、友達が何を話しているのかよく分かりませんでした。正直この頃のことはほとんど覚えていません。ただ、話に入れてもらえなかったり、何を言っているのかが理解できなかったりして困りました。「普通の子」が分かる事が分からないので、母と話が合わず、「あんたは宇宙人だ」と言われたのがいまだに忘れられません。

 学校の時間の中で一番苦痛だったのは、休み時間でした。私には、何をすればいいのか全く分かりませんでした。この頃になると友達関係も複雑化してきます。それに全くついていけなかったのです。

 また、鉛筆の音、サインペンのキュイキュイという音が耐えがたくつらかったのを覚えています。発達障害の人に多い聴覚過敏です。

中学、高校、それから大学

 私は、家の方針で中学受験をして私立の女子校に通うことになりました。ここでも、なかなか友達関係は構築できませんでしたが、ゆっくり時間をかけて数人の大切な友達はできました。しかし、相変わらず、学校に行ったり、行かなかったりして親を困らせました。それでも、母は私に登校刺激を続けてくれました。そのお蔭か、私は落第することもなく、何とか中学を卒業し、高校入学、卒業、そして、AO入試で私立の女子大に入学し、心理学を専攻しました。人の心理はどのようなものか(完全に分かったわけではありません)、どのような行動をとれば相手が喜ぶのかを学び、実践するようにしました。

 広汎性発達障害と分かったのは、大学のカウンセラーに、音の過敏性を指摘されたことがきっかけです。常に耳栓をして生活しており、ストレス性(突破性で原因不明)の難聴になったこともあります。それで一度発達障害の診断に強い病院を受診し、チェックを受けるようにと言われたからです。知能テスト、ロールシャッハ、問診などを行った結果、広汎性発達障害と診断されました。私にしてみれば、そうなの?だからなに?と特に驚くこともなく、落胆もしませんでした。

何とか大学卒業

 大学1年の頃は、環境に適応できず、一日の大半を寝て過ごしました。でも、寮だったので、ゆっくりと関係を構築し、友達もできましたが、周りから言わせると私は特殊な性質を持っているそうです。

 特に、うれしい、楽しいというポジティブな感情を大袈裟なくらい表現します。加減、機微というものが分かりにくいので、どうしても大袈裟になってしまいます。時に、本当は思っていなくても、こうした方が自分にも相手にもいいと思い、表現することもあります。妹には「ねぇさんは嘘くさい。イラっとする」と言われることはありますが、心理学を勉強したお陰で何とか「普通っぽく?」ふるまうこともできるようになりました。

 2年生から単位を取るのに必死だったのと、自分が就職するという事が想像できなかったので、大学卒業後は、実家に帰って、何となく時間を潰して生きてきました。

 中学時代の友達が大学院に通うことになり、私もその研究室に出入りさせてもらうようになった頃、教授に「君はここにくればええねん」と言われ、留学生たちの力を借りて英語を勉強し、大学院に入りました。一人暮らしを始め、修士を卒業し、今は博士課程の学生です。将来について考えることはできませんが一歩一歩進んでいると感じています。

私の特性

 聴覚過敏があり、なかなか苦労してきましたが、音楽的センスと感覚には恵まれていました。5歳からピアノを習わせてもらっていたのですが、音を捕まえる能力が高いので、一回聞いただけで再現ができました。また、暗譜に困ったことは一度もありません。弾けるようになるとすべて覚えてしまい、忘れないのです。世にいう絶対音感です。聴覚過敏と絶対音感の関係性は研究している人がいないため分かりませんが、私はあると感じています。発達障害と聞くと悪いイメージしかないですが、そうとも言い切れません。自分でいうのもなんですが、知能も高いほうですので、これを上手く生かせば社会に適応することも十分可能です。

 また別の側面の特徴としては、間違い探しが凄く得意です。相手がけがをしている、何かしら欠損、変化(例えばボタンが取れてるなど)にすぐ気付きます。それと同時に、ある面で全く無反応です。意識が飛んでいると何を言われても気づかないことがありますし、気づいたら怪我をしていることもザラにあります。言わなくてもいいことを言ったり、暗黙の了解というものが分からないので(空気が読めない)、衝突することもあります。

私のおすすめグッズ

 聴覚過敏を持っている人には、ノイズキャンセリングヘッドホンをおすすめしたいです。これ、本当に優れもので、スイッチを入れると結構ノイズをカットしてくれます。それでもダメな場合は、音楽を掛けてみてください。ノイズが気にならなくなります。

 また、携帯のメモ機能、リマインダー、アラームを使う方法もお勧めです。何かに意識を取られるとそれに集中してすべきことを忘れてしまうことがあるので、それを防ぐために、アラームを掛けておくといいです。携帯とノイズキャンセリングヘッドホンは最強ですよ。

現在の私

 未だに将来設計ができないので困ってはいますが、自分自身を受け入れることができるようになってきました。別に人と違ったって良い、自分は自分なのだと思えるようになったのです。勿論、この世界の殆どは自分以外の人で形成されているので、彼らを傷つけたり、嫌な思いをさせたりしないように気を付けてはいます。それでも、分からないことも多々あり、衝突したり、疎遠になったり、嫌な思いをすることは多々ありますけどね。

 修士の時、アルバイトを始め、アルバイト先の人に大切にされて今でも続けることができています。私は、色々なことがありましたが、色々な人に支えられて生きていることを実感できてよかったと思っています。これからも、困難はたくさんあるでしょうが、なんとかやっていけるんじゃないかなと思えるようになりました。

[参考記事]
「発達障害とはどんな障害?昔はこんな子、普通にいたよね」

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