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発達障害に気が付くまで続いた仕事と人間関係での失敗

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この記事は20代の女性に書いていただきました。

…………..

 発達障害者と自覚するまでは苦悩の日々でした。とにかく人間関係で失敗ばかりするのです。学校時代も、仕事をしてからも。その辺りの出来事を書いてみたいと思います。

学生時代の共通した性質

 今思えば小学生の頃から発達障害の一種ADHDの兆候はありました。

・他人の会話に合わせるのが苦手で話が続かない、
・本当のこと(本音)を言ってしまって相手を怒らせる
・みんなで話している途中に突然違う話題を振る
・悪気がないのになぜか相手を怒らせてしまう
・同じ過ちを何度も繰り返してしまう
・人の目を見てじっくり話を聞けない
・黒板を見て、大人しく授業を受けることが出来ない
・近くの人にちょっかいを出す

などの兆候がありました。小学生の頃だけではなく、中学、高校、それ以降もその性質は続きました。友達を作ろうと話しかけますが、誰かが話しているときに突然会話に入ったり、自分に話題を振られも、それまでの流れを聞いていなかったので聞き直したり、全然違う話題を振ったりと、いわゆる「空気の読めない子」扱いにされ、孤独になりました。教師は私が孤独なのを知っていましたが、「空気が読めないお前が悪い」と私の話を聞かずに責めるばかりでした。

 高校までの学生時代はクラスメイトとも先生とも人間関係が作れず、気が重い日々が続きました。

新卒の就職活動では1社も受からず

 高校までとは打って変わって大学では好きなことに打ち込めた4年間で、とても平穏でした。人の顔色、空気を読んでの発言などしなくてよく、ただひたすら自分の学びたいことを学ぶだけ。誰かに強要される事なく、毎日与えられた宿題をこなしていました。

 しかし大学4年生になって就職活動をしてから、だんだん自分の性質に違和感を感じ始めました。就職アドバイザーに言われた言葉は

「あなたは指示を待ち過ぎる」
「あなたはやる気がないように見える」
「あなたは人の話を聞いていない」
「あなたは相手の目を見ていない」
という否定語ばかりで、今でも強く心に刺さっています。自分ではこのように受け手に取られているなんて思わなかったからです。

 思い返せば、確かに
「きちんと話を聞こうとするけど相手の服装が気になってしまう」
「相手の目を見ると光がチカチカして、直視することが出来ず、視線を下げる」
という行動を取っていたと思いますが、これらが間違っているとは思いませんでした。

 結局は面接で失敗ばかり続いたせいで1社も受からず、新卒で入社できなかったため、アルバイトで稼ぎながらハローワークに通い、就職先を探しました。

やっと決まった就職先での苦難

 ハローワークで仕事を探した結果、地元の小さな会社にやっと就職できました。その会社では販売事務という名のほぼすべての業務(営業も含む)をさせられていました。電話、事務作業、接客など並行して複数の作業がある事務職は発達障害の人にとっては不得手だと言われているように、私もその通り毎日ミスの連続でした。さらには「空気を読まなかったり、悪気のない発言をしたり、次にやる事が分からずに仕事とは全然違うことをしていたり、TPOが分からず服装も場違いな格好をしてきたり、遅刻を繰り返したり、電話を聞きながらのメモとりができなかったり」と発達障害の性質が全開になっていました。

 このような事が続いていたために、社長一家から目をつけられて毎日のように人格否定、家族否定をされるような叱りを受けました。自分はどう言われても仕方がないのかもしれない、だけど家族まで馬鹿にするなんて許せない、と一度強く反抗したら、締め付けがとても酷くなりました。この会社では人間関係を作るどころの話ではなく、イジメられている状況でした。ついに耐え切れず辞表を出しました。

派遣社員時代に言われた上司の酷い言葉

 会社を辞めた後、私はとある工場で検査部門の派遣社員として就職をしました。工場であれば人間関係がなく、気が楽だと考えたからです。ADHDの場合、不注意性の性質により事務や工場の検査作業は不得手とされていますが、私の場合、そうでもありませんでした。写真が入ったマニュアルを見ながら毎日同じ検査の作業をしていたため、それほど苦労することはありませんでした。

 しかし、ここでも人間関係に躓きました。仕事もこなせるようになり、時間内に終わらせることが出来たのでちょっと休もうと私は思いました。小腹がすいたのでサンドイッチを口にしたときです。それを見つけた先輩に私はひどく叱られました。

「休憩中でもないのに業務時間内にサンドイッチ食べるなんて信じられない、あなたは常識外れもいいところ」

「とりあえず仕事終わったなら次の仕事を探しなさい。仕事なら山のようにあるから」

 それを聞いて私は「私の仕事は終わったのに、どうしてそんなことを言うのだろう?」と首をかしげました。次の仕事と言われてもどう探せばいいのか分からないし、仕事があるなら最初から自分に提示してほしいと頭を抱えました。自分から仕事を探すことが苦手で頭の中に浮かび上がってきませんでした。大学の就職アドバイザーから言われた「あなたは指示を待ち過ぎる」という言葉が頭をよぎりました。

 それから私は発達障害の特性が顕著になり、どんどん失敗がかさむようになり、できていた仕事もできなくなりました。「こんな仕事、小学生でもできるんだから、それが出来ないあなたはそれ以下ね」と、馬鹿にされた私は涙をこらえながら間違えないようにするのですが、それでもどこがが間違えているのです。失敗がもとで私は自分に自信がなくなり、暗中模索の状態に陥りました。仕事に行っても心あらずで何をしていいのか分からなくなり、「検査に引っかかったら、それをを上司に報告する」という検査の初歩すらできなくなっていました。恐らく発達障害の二次障害(うつ症状)のような状態になっていたのだと思います。

発達障害の診断

 自分が失敗ばかりしていることにショックを覚えた私は泣きながら家に帰り、母親に全てを話しました。普段、私が「仕事ができない」「急に頭が真っ白になって分からなくなる」と話していたので、母親も考えてくれたようで、私に1冊の本を差し出してくれました。それが「大人の発達障害の本」でした。読んでみると、発達障害の人間に見られる兆候のほぼすべてが私に当てはまりました。目から鱗が落ちたというのはこの事です。

 そして私は次の日、病院に行き、発達障害のADHDと診断を受けました。診断書を出してもらって、派遣の会社を辞めさせてもらいました。そのあと、私は自分が得意な文章を作る仕事についています。今は精神的にとても落ち着いており、二週間に一度検査通院する程度です。会社での人間関係で苦しむことが無くなったからだと思います。

 都会では発達障害について検査が出来たり、ハローワークでも障害者枠というものがあったり、企業理解も増えてきていますが、田舎はまだまだ発達障害の存在を知らない人たちが数多いです。地方企業も発達障害の人との向き合い方について相応の理解を深めてくれることを切に願いします。

[参考記事]
「発達障害者の人間関係。アルバイトではクレームばかり」

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