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息子が発達障害と診断されるまでの苦しい道のり。親が登園拒否に

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この記事は30代の女性に、息子さんが発達障害と診断されるまでの苦しい道のりについて書いていただきました。

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 私には3年生になる息子がいます。小さい頃から手がかかる子でしたが、成長したら落ち着くだろうとか、男の子はこんなもんだろうと思ってました。幼稚園に通いだしてからも、お友達に手を出してしまったり、上靴の裏の溝にはクレヨンがくっついていて踏みつぶしてる後があったりしましたが、いつかは落ち着くだろうとまだこの頃は思ってました。

発達障害を疑い始めて

 幼稚園の年長さんになっても、息子は落ち着く様子もなく、運動会や発表会の本番では「お母さんが見に来てくれるから」という理由でちゃんと出来てたのですが、練習では先生の言う事も聞けず、みんなと同じように練習ができていなかったようです。

 年長さんの後半になってから、先生から「この後少しいいですか?」と時間をとってもらえるか聞かれ、幾度となく担任の先生と園長先生と話し合いがありました。「今日は、S君が教室にあったイガ栗をお友達の背中に押し付けて、背中が赤くなってしまって・・・」や「先先を叩くからなんで叩くのが悪いのか、申し訳ないですが同じように叩いてどれだけ痛いかS君にもやりました。」など今思えばどうなんだろうなと思うことでも、この頃はみなさんにご迷惑おかけして申し訳ないという気持ちだったので、「すいません」としか言えませんでした。

 「おうちで寂しい思いしてるんじゃないでしょうか・・・」と愛情不足のような言い方もされ、この頃は毎日の登園もお迎えも嫌で嫌で、子供より私が登園拒否になりそうでした。わざと「行かなくてもいいんだよ」と言ってみたり、まっすぐ行かず公園で寄り道して「このまま公園で遊んぼう」と言ってみても、「なんで?幼稚園行きたい」という息子を行かせないわけにはいかず、遅刻しても通ってました。

 そして最後の最後まで幼稚園からは発達障害について何も言われませんでした。でも、何か違う。このまま小学生になってもいいのだろうかと思い始めてました。今思えば、この時点で発達障害を疑って病院に行くべきだったのかもしれません。

小学校に入学して

 入学して最初から息子は落ち着きがありませんでした。登校時に班で並んで歩くのも、前の子のランドセルを叩いてみたり、雨の日は傘を振り回してみたり、班長さんが面倒見切れないとのことで、毎日私が後ろをついて歩いて行きました。初めての参観日では、先生の話を聞かず好きなことをしてる息子を見て回りの視線に耐えられず廊下に出てしまいました。

 それから、毎日のように担任の先生から「お友達の消しゴムを取って失くして、本人はどこに置いたか分からないようです」と言われ、その都度、新しい消しゴムを買って謝罪に行きました。友達の眼鏡を投げて壊したと言われたら、新しい眼鏡を購入して謝罪にしに行ったこともあります。それが何度も続き、私の心が折れかけていたのもあり、病院にいく決意ができました。

ADHDと分かってから

 検査を受けるまでがすごく長く感じました。最近は検査を受ける子が多く、予約もなかなか取れません。検査を受けて病院の先生から「発達障害の中のADHDでしょうね」と診断を受けた時は「やっぱりそうだったんだ」と思いました。ADHAだと分かると不思議と安心しました。今までは私のしつけが悪いのだろうか、愛情不足なんだろうかと自分を責めてましたから。これまですごく長く苦しい道のりでした。

 小さい時から怒ってばかりで息子も怒られてばかり・・・今考えると息子も苦しい思いをずっとしてたんだと思うと怒ってばかりの日が申し訳なかったなと思いました。今は、特別教室に在籍して先生に支えられて学校に通ってますが、まだ毎日トラブル続きです。先生方には高学年になれば、必ず落ち着きますと言われてるので、希望をもってこれからも進んでいけたらと思っています。

[参考記事]
「フランスで発達障害と診断された日仏ハーフの息子①」

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