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発達障害の小学5年生の息子は学校でのトラブルで不登校です

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この記事は発達障害の子供を持つ30代の女性に書いていただきました。

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発達障害(ADHD)の小学生の息子の特徴について時系列順に書いていきます。

【小学1~2年生】

息子は保育園の頃から集団行動ができず心配はしていたものの、無事に小学校の普通学級へ入学しました。
最初こそ、特に大きな問題もなく過ごしていたのですが、先生からの電話で問題が発覚。
「授業中、教室にいることができない」
「友達にすぐ手を出す」
「集団行動ができない」

私は「あ~やはりきたか…」そんな気持ちでいっぱいでした。
なぜなら、幼稚園の時も同じことで先生から指摘を受けていたからです。
毎日のようにくる学校からの電話・・着信を見るだけで次は何をしたのか…と精神的にも辛い毎日。

学校からのすすめで、市の教育センターへ相談にいき、発達検査をしました。
その後に病院に行ったのですが、「注意欠如多動性障害(ADHD)」という診断がおりました(参考記事「ADHD(注意欠陥・多動性障害)とLD(学習障害)の特徴について」)。
そこで医師からアドバイスをもらったことで、
私と主人が息子への対応を改めるきっかけとなりました。
これまでは、できなければ怒るというありがちな育児でしたが、「できなくて当たり前」を前提に小さなことでも誉めて自己肯定感が上がるように対応しました。

また診断後には担任の先生も息子が障害だと分かったことで協力的に接してくださいました。
具体的には、毎日手帳に日々頑張ったことを先生が一言書いてくれたこと、また、授業を最後まで座って受けられたなど小さなことでも目標を達成した際にはシールを貼っていただき、家ではそれを元にポイント換算し、ご褒美をつけ本人のやる気へつなげました。
そのお蔭で完全ではありませんが座って授業を受けられる日が多くなりました。

【小学3~4年生】

1~2年生の担任の先生の協力のおかげで、授業を座って受けられるようになり、多動面の改善、衝動的に手を出して友達とトラブルになるということも減ってきたこの頃。
3~4年生の新しく担任になった先生は、ベテランでとても理解のある先生です。
困り感のある子供に対する対応に慣れていた先生だったため、苦手なことがあれば必ずフォローに入ったり、事前に本人が困らないように対策してくれたり、でも甘やかすわけではなく、やらなければいけない時にはしっかりとけじめをつけて息子に対応をしてくれていました。
例えば
・息子は見通しが無いものが苦手なため、必ず「これをしたら次はこれ」と分かるように指示

・突然の予定変更が苦手なため、前もって予想される可能性を話す

・どうしても気分が乗らないときは、クールダウンの時間を与えた上で、最終的に自分からやろうと思えるまで待ってくれた

・明らかにただのワガママだと感じた場合には、最初は無理にやらせなくとも、なぜやらなければいけないか丁寧に説明してくれた

その中で、トラブルは全くなくなったわけではなかったですが、息子はたくさんの自信をつけ大きく成長しました。
毎日電話がくるようなこともなくなり、本当に穏やかな日が続くことが多く、このまま息子は普通に成長するのではないだろうかと思いましたが…。
そんな希望を抱いていた4年生の終わりに、調子がどんどん悪くなり、言葉もきつくなり、親にもあたる、学校でもイライラをコントロールできず、うまくいかないことが多くなってきたのです。
そして、ある日を境に登校を渋り、数日休んで学校へ、そしてまた休んで学校に行くという状況に‥。

【小学5年生】

4年生の頃の不登校は無くなって、最初は楽しそうに登校していた息子。
5年生に上がって1カ月ほど経った頃、友達への暴力で学校から連絡がありました。
学校で自分の思った通りにいかなかったイライラを1日中引きずったまま授業を受けていた結果、たまたま傍にいた友達を標的にして暴力をふるってしまったとのことです。
そこからどんどん歯車が狂い始め、
不登校になったり、友達との喧嘩が多くなったり。
その繰り返しとなってきたのです。
そして、今現在はずっと不登校が続いている状況です。
私達親がもっと息子の気持ちに耳を傾けてあげていればこういうことにはならなかったのかもしれません。
息子はたくさんの苦手を抱えながら、みんなにはできることが自分にはできなかったり、そんなモヤモヤする感情を持ちながら生活し続けてきたのだと思うのです。
その負荷が、「発達障害」を抱えた息子にとってどれだけ大きなものかを忘れていたのです。
もう一つ、息子は調子が良い時には学校でもトラブルを起こさず、穏やかな日が続くことが多かったのですが、このことで一時期、親の息子の障害に対する注意が少なくなっていたのも事実です。
やはり、息子もそのことを敏感に察知し「もっと僕に関心を向けてよ」というサインで学校や家でイライラしていた側面もあると思います。

今は頑張りすぎた息子の心のケアを優先し、いつか自分で「行ってみようかな」と思える日まで支えていきたいと思っています。

[参考記事]
「発達障害の小学生の息子は暴力が多く、肋骨を折られました」

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