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発達障害に気づいたきっかけはハローワークの職員の指摘

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この記事は20代の男性に書いていただきました。発達障害が判明するきっかけがハローワークの職員の指摘という珍しい事例です。

……….

 今から4年前、私は大学卒業間際にある企業に内定いただき、4月に就職しました。

 それまでは変わり者だと称されていたこともあって、中学校でいじめられていたこともありましたが、学校には休まず行き、滞りなく進級できていたので真面目な学生として見られていました。

 卒業研究と就職活動はギリギリまで動けませんでしたが、何とか切り抜けて就職先も見つかり順調でした。職業は電子カルテの端末の設置や設定を行なうエンジニアです。当時私は真剣にやりたいという気持ちはあったのですが、集中力の欠如、納期遅れ、コミュニケーションをうまく取れないというトラブルを度々起こしてしまいました。

 あるときはお客さんから
「あいつは本当に日本人か!?」とクレームをいただいたと上司から知らされました。元々技術面に不安があったのにも加え、上司や先輩たちに怒られるたびに私はどんどん自信を失っていきました。なんとかしないと会社に残れないと不安になっていた矢先、とうとう会社から辞めてくれと言われてしまいました。要は首です。私は勤めていた会社を半年で辞め、無職になりました。

 それから4カ月ほどバイトや正社員の仕事を探し続けなんとか倉庫の派遣作業員になれました。幸いにも、そこでの仕事は私にとって無理もなく、職場の方々も優しかったのでどんなに暑くても続けられました。

 倉庫のバイトを続けながら、私は非正規で働くことに対する不安に駆られ、隔週で地元のハローワークに通い始めました。まだ20代前半だった私は、学生及び既卒生用の窓口に通されました。そこで適正検査などを行なったのですが、ハローワークの職員さんはそれが終わったあと、私の計算の成績などが悪かったことを告げ、次の耳を疑う言葉を発しました。「気を悪くしたら申し訳ないんだけど……、あなたは発達障害じゃないかしら?」と指摘しました。

子供のころからあったその兆候

 その後私は地元にある発達障害支援施設へ赴き、何度か面談を経たのち、発達障害であるか検査をすることになりました。当時は週5日働いていたので、二日ある休日のどちらかを検査に充てていました。一番信頼していた姉に付き添ってもらっていましたが、どうしても母の力が必要だったので母にも打ち明けて、面談を進めました。

 支援施設での面談を終え、病院での本格的な検査が終わり、診察した医師は私が「軽度発達障害」であると告げました。思えば、どこ行っても変人扱いされ、周囲に馴染めなかったり、複数の課題を出されると処理できなかったり、自分の興味あることしか取りかかれなかったりと、普段からその兆候はありました。クラスメイトが外でドッジボールしているなか、私は図書館で黙々と動物の本や物語を読みふけるような子でした。

前職を辞めて再び無職に。支援を受けながら再び就職活動

 診断が出てからはしばらくの間、私は隔週で病院が勧めるデイサービスに通いました。当時は酷暑や気温の変化からくるストレスで通う気力がなくなり、とうとう精神科の先生との面談も行かなくなってしまいました。

 その後、私は去年の夏ごろに人員調整により派遣会社を退職し、再び無職になりました。それからはやりたかった3Dモデル制作をしながら就職活動をしていたのですが、半年経った今も就職できていません。

 現在私は発達障害であることを指摘してくれたハローワークの職員さんと相談し、発達障害の就労をサポートしてくれる施設を利用しようと考えています。また、連絡を絶っていた病院の精神科の先生にも診断してもらい、障害者手帳を取得できないか相談しようと考えています。

[参考記事]
「発達障害になると障害者手帳(障害者認定)はもらえるの?」

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