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知的障害のない自閉症(高機能自閉症)の娘の幼児期について

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 この記事は発達障害(高機能自閉症)のお子さんを育てている女性に書いていただきました。

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 ずっと悩んできた子育て。私の下の娘は9歳で『発達障害(高機能自閉症)』と診断を受けています。今は10歳で、今年の春、小学5年生になりました。娘が小さい頃から「上の子(女の子)とは違うなぁ。」と感じていましたが、一般的に上の子の方が落ち着いていて、下の子はやんちゃ、とよく聞くので、こんなもんなのかな、と思っていました。しかし、年齢が上がるにつれ、辛い状況が増えてきたのです。

乳幼児期

 乳幼児期は、今と比べたらまだまだ悩みが少なかったように思います。勉強や宿題が無く、小学生と比べたら自由な時間も多いので、パニックになることも少なかったです。それでも、姉妹喧嘩をすればいつもお姉ちゃんを噛み、蹴り、叩き、かなり乱暴でした。イラついた時に「ママ、だいっきらい!」と言うことも多く、度々泣きたくなりました。スプーンやリモコン、本…何でもよく投げ、叱っても、言い聞かせても、ダメでした。また、地面や床に落ちているものは何でも口に入れました(これは小学生になっても続きました)。

 3歳の時には夜中に泣き叫ぶ日々が続きました。そのことがきっかけで、保健師さんからメンタルクリニックを紹介され、『夜叫症』と診断されました。毎日、突然泣き叫び、触ろうとすると「いやっ!ママ、来ないでっ!」と言われ、「分かった分かった」と離れようとすると「ママ、行かないで~っ!」。抱っこしてあげたくても抱っこできず、「おトイレ行く?」と聞いても「いやっ!」。何を言っても拒否して泣き叫びました。それが毎晩40分ほど続き、最後にはようやっと抱っこすることができるのですが、泣き止むまで抱っこし続けました。あの頃、娘の体に、心に、何が起こっていたのか、今思い返しても可哀そうでなりません。

 幼稚園では、皆と同じように急いで仕度をしたり着替えたり…ということができず、字や絵も皆の様には描けず、お友達の中には娘を馬鹿にする子も出てきました。娘はお友達からつねられたり、「ブス」と言われたり、意地悪をされるようになりました。そして、言葉で返すことができずに手が出てしまう。そんな状況だと先生から説明されました。

 夏のプールの日には、娘が早く着替えられず、その間お友達は待たされてしまうので、お友達からかなり文句を言われたようです。先生から、家でも毎日水着の着替えの練習をするよう言われ、毎日頑張りましたが、『急いで着替える』ということは一般的な子にとっては何てことない事なのでしょうが、娘にとっては『急ぐ』ことと『着替える』ことという二つの動作を同時にしなければいけないということで、とても困難な事でした。そのような事情も、9歳になって発達障害だということが分ったときに気付いたのです。幼稚園当時は、どうしたら早くできるようになるんだろう、と、ただただお友達や先生に迷惑をかけないように、と考えることで必死でした。

小学1年生になって

 小学生になると、幼稚園の頃とは比べ物にならないくらい大変になりました。家庭では、特に宿題が大変でした。1年生の時の計算カードは、娘にとって苦痛以外の何ものでもなかったと思います。たし算カード・ひき算カード、皆は暗記してそれぞれ1分半~2分くらいで言えるのですが、娘は5分、6分、7分とかかるのです。計算カードを始めるとパニックを起こし、目が普段と違うようになってしまったこともありました。上の娘はスラスラやっていましたし、同級生のお友達もどんどん合格してく中、「何でできないの?」といつも思って、イライラしてしまう事も多い毎日でした。

 書き取りも大変でした。1年生は1ページ50文字ですが、1ページを終えるのに1時間以上かかりました。途中でパニックになり、叫んでテーブルを倒そうとしたり、床を転がりながら逃げてしまったり、1文字書くごとに鉛筆を床へ落としたり、とにかく書き取りが進みませんでした。私も、娘に気分転換させようとして「少し休もうか?お外に行ってみる?」等と声をかけるのですが、「いや!書き取りはやらないといけない!」と言って気分転換をしようとしません。自分で、『書き取りは宿題だからやらないといけない』と分かっているのに、できない。自分でどうしたらいいか分からない。そんな感じでした。担任の先生から「毎日、書き取りができたら、お母さんが花丸をつけてあげてください。」と言われ、できたら花丸をつけました。すると先生が翌日、「花丸3つ目!つぎは4!」等と書き取り帳に赤ペンでコメントを書いてくださって、娘は、その数字が増えていくことが嬉しくて頑張りました。でも、本当に、毎日大変でした。

乳幼児期~小学1年生のまとめ

 発達障害の『は』の字も思いつかなかった小さな頃。メンタルクリニックでも発達障害について何の話も出ませんでした。学校の先生は「〇〇ちゃんは理解力はあるんですよ。」と何度も言ってくださいました。しかし、理解力がある、と言われてもよく分かりませんでした。その言葉は2年生になっても3年生になっても言われました。そんなことを言われても、「理解力があるのに、何で色んなことが皆と同じようにできないんだろう。」いつも疑問に思っていました。娘が9歳の夏、「知的障害のない自閉症(高機能自閉症)」と医師から言われ、初めて、代々の担任の先生方が「理解力はあるんですよ」とおっしゃっていた意味が少しわかりました。

 2年生以降の学習について、そしてトイレの問題、お友達との関わり、不登校、そして発達障害と気付いた時の事など、また書かせていただきたいと思います。

[参考記事]
「自閉症の特徴と兆候について」

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