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高機能自閉症の娘の小学3年生から5年生までの特徴

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 この記事は発達障害(高機能自閉症)のお子さんを育てている女性に書いていただきました。

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 『高機能自閉症の娘の幼児期から小学2年生までの特徴』では、小学校低学年までのことを書きました。小学3年、4年…と学年が上がるにつれ、前以上に困難になることもありましたが、良くなったこともあり、娘の成長がよく分かります。同学年の他の子と比べたら「ん?」な部分が多いですが、以前の娘自身と比べたら、とても成長している、と日々感じています。

小学校3年~5年

・よそのトイレにも座れるようになったが、私(母)が肩を抱っこしていないと座れない。私がいても、トイレが暗かったり、水が多かったり、自動で蓋が開いたりすると怖がってできない。

・トイレの水を流す時は音を怖がり、必ず両手で耳を塞ぐ。

・自分が好きなミュージシャンなら大丈夫だが、他のミュージシャンが演奏していると「音がうるさい」と耳を塞ぐ。

・匂いに敏感。相手の事を気にせず「臭い」と口に出してしまう。

・通学班の中でも浮いている。

・周りの人が話していても、全く気にせず割って入り自分の話をする。

・話し方が以前と変わり、淡々と話す。子供らしさがなくなり、同級生と明らかに違う。(家庭で、本当に落ち着いて穏やかな気持ちでいる時には、以前と同じようにゆっくり優しく話しています)

・難しい言葉をよく使うが、使い方や意味を間違えている。

・4年生の初めの頃には学校で表情が無くなり『能面のよう』と言われた。

・空気が読めない。

・テレビでドラマを見ていても、普通は笑わない場面で声を出して笑う(皆が注目するところ以外を見ていて、笑う)。

・文章を書くと、文字のバランスが悪く、大きさがマチマチ。枠の中に文章をきれいに収めることができない。

・漢字をなかなか覚えられない。計算が苦手。理科や社会、国語の文章題はできる。

・計算問題がたくさん並んでいるとパニックになる。

・ちょっとした声かけに異常に反応して怒る。

・加減が分からず、本人はふざけて叩いているつもりでも、叩かれている方はかなり痛い。

・縄跳びがうまく跳べない。

・音程やリズムがとれない。ダンスや太鼓でもリズムを合わせるのが難しい。

・3年から4年にかけていじめが酷くなり、4年で不登校に。放課後登校が増えた。朝や昼間から学校に行けた日は私(母)がずっと付き添った。

・友達に自然に話しかけられない。

・小4の2学期から3学期の途中まで、集団登校ができなくなった。

・学校で時間がなく、予定帳に明日の予定を書いてこられない日がよくある。

・お友達と遊びたくてお友達を追いかけていても、お友達は逃げる。でも、逃げられている、と言うことが分らない。

小4の終わり頃からできるようになったこと

・私が付いていなくても学校で過ごせるようになった。

・宿題の時にタイムスケジュールを使うことで、パニックなる頻度が減り、宿題がだいぶスムーズにできるようになった。

・再び、集団登校で登校できるようになった。

・4年生の初め頃は表情が無く『能面のよう』と言われたが、学校でも嬉しい気持ちや怒れる気持ちを出せるようになった(これは、完全に4年生の時の担任の先生のお陰です)。

・ご飯を食べるのが早くなった。

・着替えなどが、以前よりスムーズにできるようになった。

・朝6時50分に家を出ることが困難ではなくなった。

総括

 低学年の頃よりも、宿題や着替え、食事など、スムーズにできる事が増えました。それでもまだまだ大変ですし、宿題は『発達障害児の宿題に効果を発揮するタイムスケジュール』に書いたような工夫をしないと難しいですが、それでもやはり娘は成長し、少しずつできるようになってきています。

 逆に、空気の読めなさや話し方、相手の気持ちを感じ取る事の苦手さなどが、他の子と比べて目立つようになりました。それは、娘が以前よりもできなくなったのではなく、同学年のお友達が年相応に成長してできるようになってきているので、比べてしまうとかなりの差がある、と言う事なのだと思います。

 やはり、娘の心の成長はゆっくりなのだと思います。そのせいで、お友達からのいじめが酷くなり、学校へ行きたがらなくなり、4年生の2学期は私も心身ともに疲れてしまいました。しかし、娘自身の事もいじめのことも、担任の先生がしっかり考えて対応して下さったおかげで、同じ学年の子たちが皆で娘を気にかけてくれるようになりました。

 上に書いた「小4の終わり頃からできるようになったこと」は、箇条書きにすると少なく感じますが、内容がとても重要です。小学生になってから、勉強や宿題のこと、支度や着替えを早くすること等がとにかく大変でしたが、少しずつできるようになってきています。小学生として生活していく上で、勉強やシャキシャキした行動を取ることを頑張らなければいけないので、学校にいる間、娘の心は休まる時がない、というくらい大変だったのではないかと思います。

 小4までは発達障害ということも知らず、他の子と同じことを求められ、どれほど生きづらかったでしょう。それが、小4の終わり頃から少しスムーズにできるようになったのです。もしかしたら、娘自身が成長したことに加え、私たち親や家族、学校の先生が発達障害に気付き、気持ちや考えを改めたことで、娘が娘らしく生きられるようになってきたことも影響しているのではないかと思います。これは、娘にとっても私にとっても、とても嬉しいことです。

 発達障害児であろうと、そうでなかろうと、家庭と学校と地域と…皆で見守り、連携して育てていかなければいけないと思いますが、発達障害児の場合、家庭・学校、そして医療(or療育施設)が同じ方向を向いて協力していくことが大切です。どんなに学校と病院の先生が頑張っても、家庭で同じ方向を向いていなければ意味がありません。家庭と医療で連携していても、学校が理解し、協力してくれなければうまくいきません。私は、娘が4年生の時の担任の先生にメンタルクリニックから発達支援センターへ移ることを勧められ、悩んだ末にお世話になることにしました。その結果、家庭と学校と医療(or療育施設)が同じ気持ちで娘を支えていくという形が整いました。心から感謝していますし、心から良かったと思っています。

 今後、ソーシャルスキルトレーニングも始まります。今は言葉遣いやお友達との関係、そして、2年後の中学がとても心配なので、トレーニングをしていただきながら日々の暮らしの中で親として娘に伝えられることを根気よく伝え、娘が将来社会に出て生きていけるよう、一緒に頑張っていきたいと思います。

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