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娘が幼稚園や小学校で一言も話さないのは私にも一因あります

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この記事は30代の女性に書いていただきました。
「娘が発達障害と似ている場面緘黙症になるまでの経緯」の続きです。

……………..

発達障害センターの結果が分かってから、療育センター等の訓練施設への紹介はありませんでした。
その代わり「精神医療センターがあるのでそちらではさらに詳しく検査が受けられます」ということで年長の秋頃に検査をしました。
そこは一つ一つの検査ごとに臨床心理士さんや専門医が変わり、細かく検査をしてくれました。
長女もそこではよく喋り、親の面談もありました。
そこでは
生い立ちから普段の行動や接し方まで詳しく聞かれました。
2週間後、結果を聞きに行く為に精神医療センターに行きました。
その結果、「自閉症のボーダーラインと言葉の遅れがある(当時5歳ですが3歳6ヶ月位の言葉レベル)」とのことでした。
確かに5歳のわりにオウム返しが多かったり、ちょっと幼な過ぎるなと感じていたので妙に納得しました。
そこで専門機関への紹介はないか聞いてみたのですが、「年長児くらいになると難しい、はっきりと自閉症となればできますが・・・」と言葉を濁され、なんとか自分で探すしかないと探す事を決意しました。

専門機関を探すも..

専門機関はどこも定員オーバーでした。
今は3歳児検診でちょっとした事で発達障害と疑われるようです。
そして、3歳から始めれば克服する可能性が高いことから年長児から入るのが難しいというのも納得がいきました。

その後、色々周りに聞いていくうち、近くの病院で「言葉の教室」を行なっている事を知り、通うこととなりました。
しかし、長女のやる気のなさに先生が匙を投げる程・・・。
すぐ辞めてしまいました。
先生曰く、言葉の教室ではどもり等の改善が目的だから長女ちゃんにはちょっと違ったのかも知れませんね、との事でした。
他に探しているうちに保育園卒園の時期が迫ってきました。
保育園から役場を通じ、長女が普通学級に入れるか今までの結果が分かる資料が欲しいとの事で提出し、教育委員会の方との面談が決まりました。

教育委員会の職員2名が居る部屋に通され
「良かったら妹さんとここで塗り絵してもいいよ」
とリラックスした中で普通に話すような形式で面談が始まりました。
どんな方かも知らない長女は「おじさん誰?」・・・そんな発言に驚きながらも段々心を開く長女。
そこで「何も問題ありませんよ。普通学級で大丈夫です」
と言っていただき大変嬉しかったのを覚えています。

小学校に入学

そして無事に小学校に入学しました。
やはり、一言も話すことはできません。
でも、自然と遊んでくれる友達もでき、毎日楽しく過ごしてました。

習い事のスイミング、ダンスに加え、本人の意思でピアノも始めました。
ダンスではイベントで堂々と踊ることもでき、順調に進んで行っていると思っていました。
しかし、「喋らない子」として学校に知れ渡り、嫌な目で見る子供も中にはいました。

小学校のスクールカウンセリングも勧められ、定期的に先生と私の1対1で話をし、その結果として「喋るようになるきっかけがない限り難しい」と言われました。
「家庭では安心できる環境を作ってあげて、習い事も無理していないか1度聞いてみては如何ですか?」とアドバイスを貰いましたが、その時点では止めたくない、ということで現状のままやっていくことになり、カウンセリングも毎回同じ話の繰り返しになっていたので自然と遠のいてしまいました。

ここまでが小学1年生に至るまでの話になります。

原因について私個人が思い当たること

保育園年中から喋れなくなった経緯としては私自身にも問題があります。
長女が生まれてから酷い夜泣きと癇癪でストレスが溜まり、周囲の助けやはけ口があったにも関わらず、長女と2人きりの時は可愛がることが出来ず、まだ何も知らない純粋な赤ちゃんに対して暴言吐いてしまったり、時にはちょっとした事で手を上げてしまうこともありました。
そのせいもあり、長女は精神的に萎縮してしまったのではないかと思っています。
それが年中になってから症状として現れたのではないかと。

夫の転勤で幼稚園年中の途中から他県に引越し、私も働く事になり、保育園に入れました。
引っ越して保育園に入った頃は皆からちやほやされて普通に話せていました。

しかし、途中からいきなり全く声を発さなくなり、その事を保育園の先生から聞かされた時、何があったのか長女に聞いても「知らない」「分からない」のみ。
意地悪な子はいない?嫌な事言われたの?と聞いても同じ答えしか返ってこず、先生からも「私の目が行き届いていない時にもしかしたら何かあったのかもしれません。すみません」と謝られましたが、こればかりは仕方がない事なので少しだけ様子見してもらえるようだけお願いしました。

少しでも変わってくれるのではとスイミングとダンスを習い始めたのもその頃です。
いずれにせよ、私の長女に対する酷い態度が場面緘黙症の最大の原因ではないかと自分を責めながら思っています。
しかし、専門機関や医療センターでは生まれ持ったものと環境の両方がある、との事でした。

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