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アスペルガーとADHDを抱える息子の幼児期と小学校時代の特徴

 

 息子は現在公立中学校の一年生です。知的障害が無い為、普通クラスで学校生活を送っています。今のところはこのまま様子を見ている状態です。アスペルガー症候群とADHDの合併という診断を受けてから3年が経ちます。

 情緒が不安なせいか睡眠障害があります。それゆえ朝起きるのは大変辛そうです。そのうえ時間の管理ができませんので、どんなに朝早く起きても、かなりの確率で学校に間に合いません。決して本人はふざけている訳でも学校に行く意思が無い訳でもありません。小さい頃から療育を受けていればもっと早く修正ができたかもしれません。

 病気の発見が遅れたせいで、幼児期に起こった数々のトラブルは数えきれませんでした。もっと早く発達障害に気がついてあげていたら、その時の激しい感情を抑えることが出来ない息子を、優しく受け入れ、見守っていく事ができたのではないかと思います。今思うと、息子の幼児期は絵に描いたように、すべての行動が発達障害(アスペルガー症候群とADHD)に結びついていました。

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乳児期の特徴

 成長は順調でした。1歳になる頃には歩くのも上手でした。トイレトレーニングも順調で、1歳にはおむつが取れていました。言葉も早くよく話す子供でした。

 道を覚えるのが早く1度行った場所は、右、左と道案内をするほどで、天才かも…と思うことがあったくらいです。

 チャイルドシートとベビーカーは暴れて抜け出してしまい、常におんぶしていました。また、気に入らないことがあると、火が付いたように泣き出し、手がつけられず、泣き疲れて眠ってしまうことが多かったです。

 乳児期の頃は特に周りの子供と比べて特に違和感は覚えませんでした。

幼児期の特徴

 1歳半の時に肺炎で総合病院に入院しました。2日間はぐったりして眠ってくれましたが、体力が回復すると、柵のあるベッドに入れられたのが気に入らず、点滴の管を引っ張り激しく泣きました。泣かないように病院中を散歩して過ごしました。結局10日の入院予定は、わずか3日間で見かねた医師が、通院治療に変更してくれました。この時から少し育てにくいと感じ始めていました。

 食事は好き嫌いが多く白ごはんだけ、しかもお腹が空いた時だけしか食べません。口に合わないものは吐き出しました。また、缶に入った高価なお茶をお皿に入れスプーンで潰して食べていました。いつからこの習慣が始まったのか…何がきっかけだったかは覚えていませんが、今でも食べ物の好き嫌いが激しいので、感覚過敏(味覚の過敏)があるのだと思います。後に偏食が原因で重度の貧血に悩まされることになりました。

 衣服はこだわりがあり、緩めな綿素材のTシャツかトレーナーしか着ません。ズボンもゴムが柔らかいものだけです。気に入らないものは脱ぎ捨てながら歩きます。これは触覚過敏の症状だったのだと思います。1人で洋服を脱げるようになると、家では1年中下着でいました。出かける時は、どんなに寒くても綿素材のトレーナーにゴムのズボンと素足に長靴でした。

 長靴は大好きで、大型スーパーに行った時は必ず靴売り場に行き、新しい長靴に履き替えて、1人で嬉しそうにレジに並んでいました。とても小さな息子がレジで笑顔で私を呼ぶ姿が可愛くて、長靴は日に日に増えていきました。自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群や自閉症を含む総称)の子は興味のある事柄に関しては強いこだわりを示します。息子にとって長靴はその対象だったのでしょう。

 こだわりと言えばホネホネザウルスというおもちゃだけが大好きで、よく1人で組立ていました。自己流でそのシリーズをまとめ大きな恐竜を作っていました。小さな子供が作ったとは思えないほど、クオリティーが高くとても上手でした。いつの間にか、とても大きなプラモデルを1人で作るようになりました。説明書は見ないで感覚で作ってしまいます。ただ困ったことに、出来上がるまで何も口にしません。呼んでも全く反応しません。集中しすぎて聞こえていないのです。「過集中」も自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群も含む)の特徴として挙げられます。

 さらにドラゴンや恐竜の絵はびっくりするほど上手でした。好きな絵を描いている時だけはおとなしかったので、スケッチブックを何冊も用意していました。すべての絵が上手に書けるという訳ではなく、興味があるものだけ、ずば抜けて上手に書きました。好きじゃない事や、嫌なことは絶対にしません。

 幼児期はアスペルガー症候群の行動が目立ちましたが、ADHDの特徴も現れていました。それは不注意によりジュースを1日に何度もこぼしてしまうことです。何度言ってもいつもペットボトルのキャップを閉め忘れてしまいます。さらにはごみを捨てることや、おもちゃを決まった場所に戻すことを、その都度注意をしましたが、あくびが始まり聞いてくれません。私に叱られた後は、必ず耳をふさいで、泣きながら眠ってしまいました。怒っている私の言葉が理解できないようでした。

小学校時代の特徴

 小学校に入学しましたが、通学班で通うことができませんでした。通学途中で鞄を脱ぎ捨て、ザリガニ取りが始まってしまいます。もちろん帰りにも、ザリガニ取りや虫取りの誘惑に負け、持っている鞄や、帽子、靴までどこかに忘れて帰って来ました。忘れ物は必ず通学路の畑に落ちています。

 ADHDの性質を持つため授業中じっとしていられない(多動性)、宿題をしてこない、友達とのトラブルが多い、などで担任の先生に注意される事が多くなり、嫌なことがあるときは机の下に潜り込み出てこなくなるなどの連絡をいただくこともありました。

 家でも状況は同じで、宿題をさせようと、一緒に席について4時間。うろうろしたり歌を歌ったりと、とうとう1行も書きあげることができないことも多くありました。 

 小学校のスクールカウンセラーの先生や担任の先生に何度も相談に行き、発達障害なのではないかと私から切り出しましたが、入学時検診の結果を重視した学校側は発達障害ではないという結論を出しました。

 もう私が自分で病院を探すしかないと思いました。何度か町役場の福祉課に相談に行きました。WISCのテストをしてくれる病院を教えてもらいましたが、予約は1年待ちで、ようやく検査をすることが出来たのが小学3年生の時でした。

検査結果

 検査結果を医師は丁寧に教えてくれました。「息子さんはアスペルガー症候群の持つ特徴とADHDの特徴の両方を持っています。とても重い症状で、今まで親も本人も大変苦労したのではないかと思います。」と言いました。

 息子のような育てにくい子をどう育てたらよいのか分からず、学校や世間からはしつけの悪い子だと言われていました。それで息子に厳しくすればするほど、息子はパニックに襲われていました。長い間、息子はいつも誰かに叱られ、どうして叱られているのかも理解できずに、その結果が今の情緒不安や睡眠障害などに繋がっているのだと思います。息子をそのまま受け入れて、優しく見守ってやれなかったことを申し訳なく思っています。

 あの時は気が付いてやれませんでしたが、息子はそれでもしっかり成長していました。アスペルガー症候群とADHDが原因だと分かったことで、私たち家族の接し方も変わり、本人も主治医から自分の病気について教えてもらったことで、何か嫌な事があってもその場を離れてみる…など気持ちを落ち着かせる努力をしています。幼児期に出来なかった事やこだわっていたことも、小学校に入学した時には、殆ど気にならなくなっていました。

 息子はまだ12歳。これから興味のある事を見つけることが出来たら、ものすごい集中力と能力を発揮することが出来るに違いないと思います。恐れずチャレンジしてもらいたいと思います。楽観的すぎますが、これからが楽しみです。

[参考記事]
「ADHDと診断される前の気持ちを小学2年生の息子に聞いた」

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