児童精神疾患の治療に携わっていた男性看護師に書いていただきました。
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発達障害という言葉を聞いたことがあるでしょうか。発達障害は目に見えない、脳の働きが障害されることで起こる、知的、精神的障害であり、生まれつき持っている本人の「性格」「個性」とも捉えることができます。
「障害」と聞くと陰性感情を持ってしまいがちですが、発達障害は個人によって特徴が異なり、とても身近な人でも「実は発達障害」という可能性があるものです。有名人をあげるとモーツァルトやピカソが発達障害であったと言われています。
このように様々な才能や個性等の特徴がある発達障害ですが、その発達障害によって引き起こされた二次的障害にて、治療を余儀なくされる子ども達がいます。そんな子ども達を治療する現場から、今回は1人の事例を上げて、お話しをしていきたいと思います。
若年性統合失調症を発症してしまった中学生の女の子
仮名A子。A子は、見た目がとても可愛らしく、アイドルグループにいてもおかしくない程の美少女であり、保護者である父母も社会的地位のある職業についており、比較的裕福な家庭の一人っ子でした。
しかし、IQ70(WISK−Ⅳ知能検査によるもの)程であり、学校の授業に付いて行けず、また言葉の理解力も低かったことから、クラスメートから孤立してしまいました。
孤立というストレスを中学生になるまでの長期間受けた結果、若年性統合失調症による幻覚、幻聴が現れてしまいました。その幻覚や幻聴から逃れようと部屋に引きこもり、幻覚幻聴に怒り、怒鳴り声を上げ暴れたり、保護者に対しても「死ねばいいと言ったでしょう!」「バカにしないで!」等の罵声を浴びせるようになってしまいました。
さらにはリストカット等の自殺未遂を図るようになり、日々その症状はエスカレートしていきました。父母はA子を「なんとか治してやりたい」という一心でスクールカウンセラーに相談したり、子どもの発達に関する相談機関をあちらこちら相談して、やっとの思いで病院治療の紹介を受けました。外出を頑なに拒むA子をなんとか説得して、病院外来を受診し、入院治療に至りました。
A子の入院生活
入院当初A子は、「みんなして私を騙して!」等の暴言を吐きながら、病棟にある物品を壊したり、職員へ物の投げつけ等の他害行為を行ない、その行動障害の強さから「隔離拘束治療」を余儀なくされます。外からの刺激に対して過敏に反応し幻覚幻聴を起こし、行動障害に至っている可能性が考えられたため、外からの刺激の一切を遮断する治療です。
この「隔離拘束治療」は体と精神の自由の全てを奪うことから、倫理的に問題が高く、社会的批判の多い治療ですが、外からの刺激に対する過敏反応(感覚過敏といい、目に見えるもの、聞こえるもの、触れるもの等の情報処理ができない状態)から、強い行動障害(パニック症状)を起こしている場合には、最大限倫理的側面を尊重しながら行なうことで、症状の改善に高い効果を得られる治療でもあります。
この「隔離拘束治療」を約2週間行った頃から徐々に幻覚幻聴が少なくなり、行動障害が改善されてきました。その後「隔離治療(身体の拘束具を外し、鍵のかかった室内にて限られた私物のみ持ち込み生活する治療)」を約1週間行った頃から、職員との信頼関係も築け、内服治療が受けられるようになり、病棟治療(病棟からは出られないが、他の入院している子ども達と一緒に生活し、コミュニケーションを図りながら成長発達を促す治療)を送ることができるようになりました。
学業の壁
病棟治療が進み、症状が緩和され、共に入院治療を受けている子ども達との関係も築け、分校(市町村の養護学級に当たる病院併設の小中学校)に通う治療が始まりました。
そこで一つの壁がA子に立ち塞がります。それは苦手である学業です。分校に配属されている教師は全員発達障害を抱える子ども達のへの教育を行なうにあたり、特別な訓練を受けています。その為、A子に合わせて授業が進められ、A子も一生懸命取り組みますが、学業が理解できないことに「みんな親切に教えてくれているのにできない自分が情けない」と打ちひしがれ、布団に潜り込み泣いて過ごす様子が見られるようになりました。
登校に少し遅れることもあり、心配した分校教師が病棟へやってきて「自分のペースでいいんだよ」「少しずつで大丈夫」と話しかけられ、無理のない勉強を自分のペースで少しずつ理解していきます。泣きながら課題に取り組むこともありましたが、投げ出すことはなく、少しずつ点数が取れる成功体験を増やして行くことができ、A子の学校に対する拒絶感が少しずつ減少していきました。
A子の友人関係
前述した通り、A子は美少女でした。男子からはかなり人気があり、優しくされる事が多いこと、さらに男女の接する距離間にまるで意識のないA子は(小学校入学前の幼児並の距離間であり、IQによる人間関係形成への理解不足から)他人から見ると、男子にタッチングが多く甘えているような行動に見えるため、女子からは反発を受けます。A子にとっては辛い体験でしたが、これをきっかけに男子との適切な距離間を学ぶきっかけになりました。
また、女子との友人関係における距離間についても学ぶきっかけになり、結果、精神面の発達を得ることができたと言えるでしょう。近すぎず遠すぎずの適切な距離間を学ぶと同時に、他者の気持ちを理解しようというA子の様子が見られてきます。
実際A子が人を思いやる行動として印象に残っていることがあります。外泊から戻ってきた子の様子がいつもと違うことに気づき、A子が話しかけました。そうしたところ、その子が部屋でワッと泣き出し、傷だらけの腕を見せてくれました。さらにはカッターを隠し持っていたので、渡すように説得をし、預かるということがありました。
A子は「職員に話すときっとこの子は怒られるだろう。けど、このままじゃ心配。」と、話すに話せない様子を見せていましたが、職員と自室で話をしているうちに預かったカッターを渡し、「この子に私は嫌われるかもしれないけど、このままじゃ心配だから助けて。」と話し始めました。このような形で、他者の気持ちをA子なりに思いやり、行動することができるようになりました。
卒業と退院
A子の入院生活は外泊治療を繰り返し、約2年を経過し、中学卒業と同時に退院の運びとなりました。二次的障害から発症してしまった若年性統合失調症による幻覚幻聴は完全には消失しなかったものの、内服によりコントロール可能なレベルになっていました。
進学先も決まり、新しい生活の期待と、不安を感じていた時期に「中学女子生徒のイジメ自殺」ニュースを見てしまいました。過去に自分も自殺を図った経験と照らし合わせ、「治療を受けていればこの子は自殺しないで済んだかも」と言ったり、「このニュースを読むと不安を感じちゃう。簡単に死ねる方法ってあるの?」と自殺を図るかもと感じさせる発言があったりしましたが、最後はとてもいい笑顔で「もう入院するようなことはしないで、自分なりにがんばる。ありがとう!」と言い、退院していきました。
退院後の生活について、元気に高校に通っており、さらに可愛くなっていたという話を聞いています。幸せでありますように。