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発達障害を抱える少女の治療事例。アイドルへのこだわりで拒食症に

児童精神疾患の治療に携わっていた男性看護師に書いていただきました。
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 現在行われている乳幼児健診では、先天性疾患や身体機能障害、脳機能障害の有無を調べられていますが、その中で「発達障害」に関する健診も同時に行われています。

 この「発達障害」は、脳機能障害の一つと言えますが、個人によってその症状がそれぞれ違うという特徴があります。人間一人一人に個性があるように、「発達障害」にも個性があり、ごく普通に社会生活を送っている方も多くいます。

 しかし、「発達障害」の個性により引き起こされた二次障害により、小児精神科を受診し、入院治療が必要となるケースがあります。この小児精神科は、ニーズが高まってきている現在においても、まだまだ発展途上の段階にあり、全国的にも指折り数えるくらいしか入院治療施設を有している病院がないのです。

 少しでも多くの児童精神科治療施設が増えることを祈りつつ、入院してきた一事例を紹介したいと思います。

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拒食症になってしまった少女(仮名C)

 Cは小学校高学年の女児であり、ごく平凡な生活を送っていました。見た目も可愛らしく、素直な少女であり、両親も平凡な家庭の長女でした。普通学級に通い成績も平凡、手先が器用で編み物や折り紙が趣味で、友達も多くいました。

 そんな平凡な生活でしたが、少しずつ狂い始めていきます。将来「モデル」や「アイドル」になりたいという夢を持つのはごく普通なことと思いますが、その夢を「過剰に」思い込んだ末、自身の体型について気にし始めたのです。

 思春期において、自身の容姿について興味を持つことは成長発達上ごく当然のことなのですが、Cの場合、将来の夢「モデル」や「アイドル」に精神が過剰に反応してしまったため(異常なまでのこだわりは発達障害が原因ですが、詳細は後ほど)、過度な運動と食事制限に自身を追い込み始めてしまったのです。

 日々エスカレートしていく運動。早朝のジョギングや縄跳びといった有酸素運動ばかりを続け、家族もC自身も「何か変だ」という思いを持ったのですが、一時も休むことなくジャンプするなど日常生活にも著しい支障をきたすほどの行動障害にいたってしまったのです。

 同じくして食事制限も日々エスカレートしていき、全く食べものを口にしなくなり、結果、食べものがキライになるのではなく、「食べることがイヤ」という状態になってしまいました。

 自宅では泣きながらジャンプし続け「お父さん私をとめて!」と叫び、父親が抱きかかえ、なんとか運動を制止するという状態が続きました。当然、学校には登校できなくなり、心配した担任やクラスメートから連絡がきて、担任の家庭訪問などの状態調査から、発達障害に関する相談機関につながりました。そこからの紹介で受診し、即日入院となったのです。

入院治療開始直後の様子と生活

 病棟に来る際にもジャンプし続けながらやってきて、「運動してないと太ってしまう」と言いながらも、「今の私はおかしい」と言い、自分の行動がおかしいことを自覚しているのにも関わらず、その行動をやめることができない状態であることが分かりました。

 肥満恐怖からの摂食、行動障害と判断し、やめることができないジャンプなどの運動を強制的に止めるため、身体拘束治療が開始されました。そして低栄養状態を回復させるため高カロリー輸液を行い、同時に内服治療が開始されました。

 当初、点滴も内服も「太る」と言い拒絶していましたが、カウンセリングと同時並行して治療をすすめることで、本人の「おかしい」という気持ちを、「どこが、なにがおかしいのか、どうすることが普通なのか」を明確に認識させていくことにしました。

 徐々にC自身が「運動をやめられない理由は太るから」「でも運動を一時もやめられないのはおかしい」「理想とするモデルの体型と自分の体型は比べてみるとどうか」「自分は痩せすぎているのではないか」「食べないと身長も伸びないし、身体に悪い」ということを認識していきます。

 最初は飲み込んだ薬を「トイレ行きたい」と言い、拘束を一時的に解除しトイレに行った際に吐き出したり、ジャンプを数十回行った後ナースコールが鳴り「トイレ終わりました」という行動が見られましたが、吐き出しは数日で完全にやめることができました。

 同時に食事を開始し、最初は「食べたら太る」と言い、食べようとしなかったのですが、「食べることが太ることではない」ことを認識していったことで食べることができるようになりました。トイレの際、ジャンプは隠れてしていることがありましたが、声をかけるとやめることができるように少しずつなっていき、約2週間で拘束治療が終了。その後、隔離治療を2週間行い、隔離治療を終えることができました。

病棟での生活

 隔離治療が終了し、入院している他の子ども達と共同生活が始まりました。入院児童の中では一番の最年少であったことや、見た目のかわいらしさ、素直な性格から男子からは当然人気がでました。女子からも最年少であることからかわいがられて、すぐに仲良くなることができ、分校登校もすぐに開始することができました。

 それと同時に検査を行うとIQ80台(WISKーⅣ知能検査)という結果となり、グレーゾーン知能であることが判明。勉強は漢字などの暗記はそれなりにできるが、応用を効かせた問題はほとんど解けないことが分かり、入院前の普通学級での勉強に自分が少し遅れをとっていることに気づいてストレスを感じていたことが分かりました。

 分校での勉強は本人の理解力に合わせた教育を行っているため、少しずつ遅れを取り戻し、出された宿題の答え合わせを先輩入院児童や職員と行い、自信をつけていくことができました。

食事に対する拒否感

 Cの拒食症状に対し、「食事を残してはいけない」という課題を治療として出していました。この治療目的は、ちょっとした見た目は残さず食べていたのですが、拒食症に共通して見られる「ごくわずか、あえて残す」行動が見られていたため、そのままにしておくと再発する可能性が高いからです。

 しかし、誰しもが苦手な食べ物があるのでは?と職員が気にしてみていると、Cは「苦手な食べ物はないよ」となんでも食べることができたのです。「食べ物がキライ」なのではなく、「食べること自体がイヤ」だから、食材に対する苦手感が全くないという珍しいケースだと職員間で情報交換したことを覚えています。わずかに残すこともなくなり、いよいよ退院が近づいてきました。

退院

 元の小学校に戻ることが決まり、退院の運びとなりました。極端な運動や摂食は改善されましたが、IQ80という結果から、普通学級の勉強にはうまくついて行けない可能性が高いという懸念がありました。

 本人の強い希望があったため、学校も受け入れ体制を整え、退院し、元の小学校に戻ることができたのですが、懸念通り勉強についていけないという事態に陥ります。結果、勉強のストレスから残念ながら、拒食症が再発してしまい、退院してから約1年経過して後、再入院となってしまいました。

 拒食症状はすぐに改善されましたが、勉強はそうはいかず、分校での学習経過から、もうすぐで中学進学のため、グレーゾーンの発達障害を受け入れている中学校に進学することをすすめられました。Cも「分校の勉強方法が自分には合っている」という自覚があり、同じような勉強の仕方をしている学校を調べ、進学する運びになり退院となりました。

 将来の夢にこだわるあまりに発症してしまった拒食症の背景には、発達障害の症状の一つである「こだわり」があったこと、勉強へのストレスが強かったことがCの事例では原因としてあげられます。グレーゾーン知能であるがゆえに、気づかれずに見過ごされてしまった事例と言えます。

 グレーゾーン知能に対しては、それなりに社会適応していく可能性も高く、経過観察に留めておく方針がとられるのが一般的です。しかし、これまでの成長経過でそれなりに社会適応していたため、グレーゾーン知能とも捉えられなかったC。教育現場においても、医療現場においても、行政においても、まだまだ発展途上の段階にある「発達障害」への理解と対応が浮き彫りになった事例と考えられます。

[参考記事]
「発達障害の二次障害により言葉が出なくなった少年の治療の症例」

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