はじめに
近年、LGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィア/クエスチョニング)と発達障害という、異なる2つのマイノリティ属性が交差する人々の存在に注目が集まっている。これまで社会は、LGBTQの権利向上や発達障害への理解をそれぞれ個別に進めてきたが、両者を併せ持つ人々の課題やニーズは未だ十分に取り上げられていない。
本稿では、LGBTQでありながら発達障害を持つ人々が抱える困難や葛藤、それに対する支援の在り方について論じ、交差性(intersectionality)の視点から社会の包摂力を高める必要性を考察する。
発達障害とは何か
発達障害とは、脳の発達の特性によって日常生活に困難を伴う状態を指す。自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)などが含まれ、社会的な相互作用や感覚過敏、注意力の維持といった側面に困難を生じる。
多くの場合、発達障害は「見えない障害」とされ、本人の努力不足や社会性の欠如として誤解されることがある。これが周囲との齟齬や自己評価の低下を招く要因となっている。
LGBTQと発達障害の交差性
1. セクシュアリティの自己認識の難しさ
発達障害の中でも特にASDのある人々は、自己理解や他者理解に特有の難しさを抱える傾向がある。これがセクシュアリティやジェンダーアイデンティティの認識にも影響を及ぼす。
例えば、自分の内面にある「違和感」が性別への違和感なのか、発達障害由来の感覚過敏や社会的不適応なのかを明確に区別できないまま苦しむケースがある。また、感情や欲望の言語化が難しく、自分がLGBTQであることに気づくのが遅れたり、曖昧なまま過ごしたりすることも少なくない。
2. 社会的排除の重層化
LGBTQであること、発達障害であること、それぞれが社会的マイノリティである。両方の属性を併せ持つ人は、その分だけ偏見や誤解にさらされる可能性が高まる。
たとえば、LGBTQコミュニティ内で発達障害が理解されず、対人スキルや空気を読む力が不足していると見なされることがある。また、福祉的な支援の現場では、性的少数者への理解が欠けていることもあり、自分らしく生きることに二重の壁を感じてしまう。
データで見る実態
国内外の研究から、LGBTQの中に発達障害のある人が一定数存在することが明らかになっている。例えば、米国の調査では、自閉スペクトラム症のある人のうち、約7割が「異性愛・シスジェンダー」に当てはまらないと報告されている(George & Stokes, 2018)。
また、日本国内でも、自閉スペクトラム症の成人の中に「性別に違和感を持つ」「恋愛感情を感じにくい」といった報告が見られ、性的・恋愛的指向が非定型である傾向が指摘されている(小児神経学会誌, 2020年など)。
このように、LGBTQと発達障害の交差は決して稀な現象ではなく、一定の割合で存在する実態である。
実際の声とエピソード
例えば、あるトランスジェンダーでASDの当事者は、次のように語る。
「自分の性別への違和感を親に話したとき、『発達障害のせいじゃないか』と言われてしまった。どちらも自分なのに、片方を否定するような反応がつらかった。」
また、ゲイでADHDを持つ大学生はこう述べている。
「恋愛や性的な関係において、集中力が持続しないことで相手に誤解される。『本気じゃない』とか『チャラい』と思われることが多く、疲れてしまう。」
こうした声からは、「どちらか一方の属性だけを理解してもらえても、それだけでは足りない」という交差的アイデンティティの難しさが浮き彫りになる。
支援の現状と課題
支援の現場でも、この交差性への理解は発展途上にある。福祉、教育、医療、LGBTQ支援など、それぞれの分野で個別の支援は進められているが、「両方」に対応した支援体制はまだ十分ではない。
例えば、発達障害者を対象とする就労支援や相談機関では、セクシュアリティやジェンダーに関する相談がタブー視されることもある。一方、LGBTQ支援団体でも、発達障害に関する専門的な知識が不足していることが多い。
そのため、両方の領域に理解を持つ支援者や、横断的な相談窓口の整備が求められている。
今後に向けて:交差性への理解と実践
LGBTQであることと発達障害があること。どちらも生まれ持った一部であり、それらが交差することで生まれる経験はユニークであると同時に、社会からの無理解や孤立感を強める要因にもなる。
このような交差的なアイデンティティを理解し、包括的な支援を行うためには、以下のような取り組みが必要である。
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教育現場でのLGBTQおよび発達障害の理解を統合的に進める
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支援者への研修に交差性の視点を取り入れる
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当事者の声を基にした政策提言や情報発信
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コミュニティ内での相互理解と受容の促進
また、当事者自身が自分のアイデンティティを肯定的に受け止められるような支援も不可欠である。ピアサポート(同じ立場の人同士の支え合い)や、安全な語りの場の確保などは、その一助となる。
おわりに
「LGBTQである」「発達障害がある」ということは、いずれも生きづらさを伴いがちだが、それぞれの経験には尊厳と価値がある。そして、それらが交差する地点には、私たちの社会がまだ気づいていない「見えない壁」が存在している。
その壁を取り払い、多様な生き方を肯定できる社会を目指すために、私たちは一人ひとりが交差性の視点を持ち、理解と連帯の輪を広げていく必要があるだろう。
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