はじめに
発達障害という言葉は、近年ようやく社会に浸透し始めています。その中でも特に注目されているのが「感覚過敏」という特徴です。感覚過敏は、音、光、匂い、触覚、味覚など、五感を通じて受け取る刺激に対して非常に敏感に反応してしまう状態を指します。これは自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)など、さまざまな発達障害に共通して見られることがあります。
本稿では、感覚過敏の具体的な症状とそれによって生じる日常生活上の困りごと、そしてそれらに対する対策や配慮の方法について、具体的な例を交えて紹介します。
感覚過敏とは何か?
感覚過敏とは、通常の人にとっては気にならないような感覚刺激に対して、強い不快感や苦痛を感じる状態を指します。これは「感覚処理障害(Sensory Processing Disorder)」の一種としても捉えられています。
発達障害のある人の中には、「音が大きすぎる」「光がまぶしすぎる」「衣服のタグがチクチクして痛い」「においが耐えられない」といった訴えをする人が多くいます。こうした刺激は本人にとっては実際に「痛み」や「恐怖」として感じられる場合があり、場合によってはパニックに至ることもあります。
感覚過敏の種類は人によって異なり、以下のように分類されます:
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音に対する過敏(聴覚過敏)
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光や視覚刺激に対する過敏(視覚過敏)
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においに対する過敏(嗅覚過敏)
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触られることへの過敏(触覚過敏)
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味や食感に対する過敏(味覚過敏)
感覚過敏による日常生活での困りごと
感覚過敏は、見た目には分かりにくいため、周囲からは「わがまま」「神経質」と誤解されることがあります。しかし、実際には本人の意思や努力ではどうにもならない困難であり、生活のあらゆる場面に影響を及ぼします。
1. 学校・職場での困りごと
学校では、チャイムの音や授業中の周囲の物音、教室の蛍光灯のちらつきなどが苦痛になることがあります。その結果、集中ができず、授業内容が頭に入らなくなったり、疲労がたまって不登校になるケースもあります。
職場では、オフィス内のキーボードの打鍵音、コピー機の音、同僚の話し声、照明のまぶしさなどがストレス要因になります。人によってはそれが原因で出社困難になったり、適応障害やうつ状態を引き起こすこともあります。
2. 衣類や食事など、生活面での困りごと
衣服の素材やタグ、縫い目が肌に当たることに強い不快感を示す人もいます。靴下や下着が「気持ち悪い」と感じ、着替えを嫌がる子どももいます。
また、味覚や食感に敏感な人は、特定の食べ物しか食べられない「偏食」が生じやすく、栄養バランスの偏りが問題になることもあります。特に学校給食では食べられないものが多く、食事の時間が苦痛になるケースも少なくありません。
3. 外出・公共交通機関での困りごと
満員電車の中の音、におい、照明、人との密着感などは、感覚過敏のある人にとっては耐えがたい状況です。そのため、通勤・通学が難しくなることもあります。また、スーパーやショッピングモールのBGMや照明が苦手で、外出自体を避けるようになることもあります。
対策と工夫:感覚過敏とともに生きる
感覚過敏に対する万能な「治療法」は存在しませんが、本人や周囲の理解と工夫によって、快適な生活を送ることは可能です。以下に、感覚別の具体的な対策を紹介します。
聴覚過敏への対策
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ノイズキャンセリングイヤホンや耳栓の使用
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静かな環境での作業(図書館、個室オフィスなど)
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チャイムやアラーム音を避けるためのスケジューリング
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家族や職場の人に「大きな声を避けて話す」などの配慮を依頼
視覚過敏への対策
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サングラスや遮光レンズの使用
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間接照明の活用、蛍光灯をLEDに変える
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色彩や模様の少ない空間づくり
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モニターの明るさやコントラストを調整
触覚過敏への対策
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タグや縫い目のない衣類の選択
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柔らかい素材のタオルや寝具の使用
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自分の好きな肌ざわりを理解し、日用品に反映させる
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理美容時に「触られる順番や方法」を説明するなどの工夫
嗅覚・味覚過敏への対策
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においが少ないシャンプー・洗剤などの使用
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食事では無理強いをせず、代替食品で栄養バランスを補う
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外食時はメニューを事前に調べ、苦手な香りを避ける
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職場や学校で「特定のにおいに敏感であること」を周知する
家族や周囲ができる支援とは
感覚過敏のある人にとって、周囲の理解は何よりの支えです。「過剰反応しているわけではない」という事実を正しく理解し、共感する姿勢を持つことが重要です。
1. 否定せずに「受け入れる」
「そんなことで気にしないで」といった言葉は、本人の苦しみを否定するものになってしまいます。「そう感じるんだね」「教えてくれてありがとう」といった言葉で、まずは受け入れる姿勢を示すことが大切です。
2. 本人にとって「安心できる選択肢」を用意する
外出先ではイヤーマフやサングラスの持参を許可する、自宅では安心できる部屋を整える、食事では無理強いをしないといった「安心できる環境づくり」が、本人の生活の質(QOL)を大きく高めます。
3. 本人の感覚に合わせた生活リズムの確立
無理に一般的な生活スタイルに合わせるのではなく、本人の特性に合わせた時間割や作業スタイルを取り入れることで、ストレスの軽減につながります。
感覚過敏の理解を社会全体で進めるために
感覚過敏は外見からは分かりづらく、本人の苦しみが理解されにくい障害特性です。そのため、学校、職場、公共機関などあらゆる場面での「見えない困りごと」に対する理解が社会全体に求められます。
例えば、マーク(「感覚過敏があります」バッジ)をつけることで配慮を求める試みや、感覚過敏に配慮した「静かな時間」(音楽を流さない時間)を設けるスーパーの取り組みなどが、少しずつ広がっています。
おわりに
感覚過敏は、「気の持ちよう」や「慣れ」で克服できるものではなく、個々の神経の特性によって引き起こされる現象です。しかし、周囲の理解と本人の工夫によって、過敏な感覚と上手に付き合っていくことは可能です。
発達障害と感覚過敏に関する正しい知識と、思いやりに満ちた社会的配慮が広がっていくことが、誰もが暮らしやすい社会の実現につながります。感覚の違いを「個性」として捉え、それぞれの人が尊重される社会を、私たちは目指していく必要があります。
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