はじめに:見落とされがちな「高齢の発達障害者」への視点
発達障害というと、多くの人が子どもや若年層を思い浮かべるかもしれません。しかし、実際には発達障害のある人々も年を重ね、老後を迎えます。近年、発達障害の診断を成人後に初めて受ける人も増加しており、年齢を問わず支援が必要とされる時代に突入しています。
この記事では、発達障害のある人が高齢期を迎える際に直面する課題と、それに対応する社会の取り組みについて、最新の研究や実例を交えながら詳しく解説していきます。
第1章:高齢の発達障害者に特有の課題とは?
1-1. 「診断されないまま年を取った人々」
現在60歳以上の人々が若年期を過ごしていた頃には、発達障害という概念自体が広く認識されていませんでした。そのため、診断を受けずに生きてきた“隠れ発達障害”の人々が多数存在しています。
こうした人々は、「生きづらさ」を感じながらも、周囲に理解されることなく定年や老後を迎えるケースが少なくありません。
1-2. 高齢期の「二次障害」リスク
発達障害のある人は、加齢に伴って以下のような二次障害のリスクが高まります。
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うつ病・不安障害:孤立や自己否定感が強まる
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認知症との鑑別が難しい:物忘れや混乱がASDやADHDの症状と重複
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生活機能の低下:スケジュール管理・金銭管理が困難になりやすい
1-3. 孤立・支援の空白地帯
高齢期になると、福祉や医療制度も「高齢者向け」に特化していく傾向があります。発達障害に特化した支援が受けにくくなることで、地域から孤立してしまう危険性があります。
第2章:高齢期に向けた発達障害者支援の必要性
2-1. 生涯にわたる“トータルサポート”の視点
近年の研究では、発達障害者支援において「成人期」「高齢期」への対応が遅れていることが指摘されています。子ども時代だけでなく、ライフステージごとの支援体制の整備が急務です。
2-2. 就労後・退職後のサポート体制
退職後に「社会的役割」を失うことは、発達障害のある人にとって深刻なストレスになります。**就労継続支援やボランティア活動などの“役割の場”**を維持することが精神的安定に寄与します。
2-3. 認知症との見分け:正確なアセスメントの重要性
発達障害と高齢期の認知機能低下は混同されやすく、誤診や支援の遅れにつながることも。高齢者医療に発達障害の知識を持った専門職が関わることが求められています。
第3章:地域社会の取り組み事例
3-1. 先進自治体における支援モデル
例えば、埼玉県や東京都では、発達障害を抱える高齢者への支援プログラムを試験的に導入しています。
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発達障害者向けの「地域包括支援センター」モデル
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ピアサポーターによる高齢当事者の相談支援
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高齢発達障害者と認知症ケア専門職との連携体制
これらは、全国的にも注目されている取り組みです。
3-2. 地域住民への啓発活動
地域社会の無理解による排除や差別を防ぐためには、発達障害に関する啓発活動が鍵を握ります。
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地域包括ケアシステムの中での発達障害教育
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福祉・医療・教育分野の連携による啓発イベント
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認知症との違いを伝える市民講座の開催
地域ぐるみでの理解促進が、高齢の発達障害者の安心につながります。
3-3. 高齢者向け施設での取り組み
一部の介護施設では、発達障害に理解のあるケアスタッフの配置や、個別性を重視した対応が行われています。
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ASDのある高齢者に配慮したスケジュール提示
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感覚過敏に配慮した環境設計
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他者との関係性を慎重にコントロールする居住設計
第4章:本人・家族ができる備えと選択肢
4-1. 将来設計とライフプランの作成
高齢期に向けて、生活設計や支援希望をあらかじめ整理しておくことが重要です。
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どのような施設や支援を希望するか
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親亡き後を見据えた成年後見制度の活用
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財産管理・意思表示のための「意思決定支援」
4-2. セルフアドボカシーの推進
当事者自身が自分の特性を理解し、**必要な支援を周囲に伝える力(セルフアドボカシー)**を持つことが、老後の安心に直結します。支援者とともに、「伝え方」や「交渉力」を身につける取り組みも有効です。
4-3. 家族への支援と情報共有
家族が支援を抱え込みすぎないよう、地域の支援機関や親の会、家族支援グループとの連携も大切です。特に、高齢の親が担う「親亡き後」の問題には、行政的なバックアップが不可欠です。
第5章:今後の展望と社会的課題
5-1. 支援制度の見直しと整備
発達障害のある高齢者に特化した制度は、まだ不十分です。今後は次のような制度的整備が求められます:
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発達障害を含む“複合的ケア”への対応体制
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高齢者福祉制度と障害福祉制度の接続
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医療・福祉の「縦割り解消」とワンストップ支援
5-2. 医療者・支援者の専門性向上
高齢期特有の発達障害に対応するには、医師・介護職・ケースワーカーなどの専門研修が必要です。発達障害に対する理解が現場で不足している場合、本人の苦しみが見逃されがちになります。
5-3. 社会全体の意識変革
最も重要なのは、社会全体が「発達障害のある人は年を取らない」という無意識の偏見を打破することです。発達障害はライフスパンにわたる特性であるという認識を持ち、年齢に応じた多様な支援を提供する社会の構築が必要です。
おわりに:すべての人が「安心して老いる」ために
発達障害のある人々が老後を迎えることは、これまであまり語られてきませんでした。しかし、人生100年時代の今、その現実は無視できないものとなっています。
年齢や診断歴にかかわらず、一人ひとりが安心して老いを迎えられる社会へ。そのためには、医療・福祉・地域・家族、そして当事者自身が手を取り合い、共に支える体制の構築が不可欠です。
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