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[大人の発達障害 近藤さん編②]発達障害の診断を受けた時の話

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この記事は「[大人の発達障害 近藤さん編①]発達障害を疑うようになったきっかけ」の続きで、近藤さんの個人的な体験です。

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ADHDという障害があることは、学生の時から知っていました。
でも、当時は発達障害を診断できる医師は少なく、半年待ちは当たり前。
そんなに待たされるのが嫌で病院に行くのをためらっていました。
でも社会人になって6年が経ち、これまでいろんな人に迷惑をかけてきたので、そろそろ本当に診断を受けた方がいいと思い立ったのです。

発達障害の診断を受けるため、まずは地域の発達障害者支援センターに行き、相談に乗ってもらうことから始めました。
私が住んでいる県の支援センターに電話で面談の予約を入れ、最終的に1ヶ月待たされました。
その待っている間に私はA4サイズ2枚分の手紙にこれまでの私のADHDと思われる特徴や面談でどんなことをお話ししたいかなどを書いて郵送しました。

そして支援センターでの面談を終えた後、県内でADHDの診断をしている病院を紹介してもらいました。
すぐに予約の電話をしてみると、今度は2ヶ月待ちと言われました。
ここで諦めてしまっては今までは何も変わらないと思い、2ヶ月間待つことにしました。

病院で緊張の診断

初回の診断では、支援センターに送った手紙のコピーと、それ以外にADHDに関係ありそうな私のエピソードをA4サイズの紙3枚にまとめて医師に渡しました。
そしてそれらをもとに淡々と診察してもらいました。

次の診察の時に知能テストを受けることになりました。
その時に、子どもの頃の成績表を持ってきてほしいのと、できれば親も一緒に来て子どもの頃の話を聞かせてほしいと言われました。
当時、私は実家を離れて暮らしていて、親が上京できるかどうかわかりませんでしたが、診察が終わった後すぐに母に連絡し、事の次第を伝えました。
母は非常に驚き、何かの間違いではないかと疑っていました。
ですが、母は押し入れの中から引っ張り出した成績表に「忘れ物が多い」という先生のコメントを読んで納得したと話していました。
そして新幹線と電車を乗り継いで2時間以上かけて病院に来てくれることになりました。

回目の診察でその日が来た

2回目の診察は3週間後。
母と一緒に病院に向かいました。
午前中に先生から母への子どもの頃の私の様子のヒアリングと私の知能検査があり、午後に先生から検査結果を聞くという流れでした。

病院の食堂で昼食を済ませ、眠気を堪えながら診察室へと向かいました。
診断の結果、やはりADHDの可能性が高いだろうとのことでした。
接客業のような臨機応変さを求められる仕事は「向いていない」、お金を扱う仕事に関しては「辞めた方がいい」という事実上のドクターストップがかかりました。

正直、自分がADHDだとわかって少し安心しました。
今までの苦い経験は自分の性格に問題があるからではなく、ADHDが原因だとわかったからです。
それと同時に、これからADHDとどう向き合って生きていけばいいのか真剣に考えなければならなくなりました。

[関連記事]

「[大人の発達障害 近藤さん編①]発達障害を疑うようになったきっかけ」

「[大人の発達障害 近藤さん編③] 子供の頃からADHD」

「大人の発達障害 近藤さん編④ADHDの診断を受けた後の現在の仕事」

「[大人の発達障害 近藤さん編⑤]ADHDで会社を首に。その後、結婚」
「発達障害の種類②ADHD(注意欠陥・多動性障害)とLD(学習障害)の特徴について」

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