はじめに

近年、発達障害に対する理解が進みつつあり、企業や組織の中でも「多様性のある働き方」や「合理的配慮」の実践が求められるようになってきました。

発達障害とは、注意欠陥多動性障害（ADHD）、自閉スペクトラム症（ASD）、学習障害（LD）などを総称する言葉で、生まれつき脳の機能に偏りがある状態を指します。これらの特性は個人によって大きく異なり、生活や仕事においてもさまざまな困難を伴いますが、適切な配慮と支援があれば、十分に能力を発揮し活躍することが可能です。

本稿では、発達障害のある人が職場で直面する課題と、その解決のための工夫・支援の実例を紹介し、誰もが働きやすい環境づくりについて考えていきます。

発達障害と職場の課題

1. コミュニケーションの困難

自閉スペクトラム症（ASD）の特性として、言外の意味を読み取ることや、場の空気を読むことが苦手という点があります。たとえば、「臨機応変に対応して」といった曖昧な指示が理解しづらかったり、「ちょっと手伝って」と言われても、何をどのように手伝えば良いのか分からず戸惑ってしまうことがあります。また、逆に自分の考えを伝える際にも相手の受け取り方に配慮することが難しく、誤解を生むことがあります。

2. 作業の優先順位づけや時間管理の難しさ

ADHDの特性をもつ人は、注意の持続が難しかったり、複数の作業を並行して進めることが苦手であったりします。与えられた仕事の順番をつけることが難しく、期日に間に合わなかったり、必要な資料を忘れてしまったりといったミスにつながることもあります。

3. 感覚過敏や環境の影響

発達障害の中には、聴覚や嗅覚、視覚などに対して過敏な感覚を持っている人も多くいます。オフィスの蛍光灯の明かりがまぶしすぎたり、周囲の雑音が気になって集中できないなど、環境要因によってストレスを強く感じることがあります。

職場での支援と配慮の具体例

1. 明確で具体的な指示を出す

ある中小企業では、ASDの社員に対して業務指示を「口頭ではなく、書面やチャットで具体的に伝える」ようにしています。たとえば、「A資料を10時までにメールで送る」「B会議の議事録を15時までにWord形式で作成」といったように、誰が、何を、いつまでに、どのように行うかを明示します。こうした対応によって、誤解や抜け漏れが減り、本人の不安も軽減されました。

2. タスクの見える化と進捗管理ツールの活用

ADHDの社員に対しては、付箋やホワイトボード、ToDoリスト、プロジェクト管理アプリ（例：Trello、Notion）を活用し、タスクの一覧を常に見える場所に貼っておく方法が有効です。あるIT企業では、朝会で「今日やること」を本人と一緒に確認し、終了時に進捗を報告する仕組みを取り入れています。これにより、仕事の抜けや遅延が大きく改善されました。

3. 感覚過敏への対応

聴覚過敏のある社員に対しては、ノイズキャンセリングヘッドフォンの使用を許可したり、静かな部屋で作業できるようにするなどの環境調整が効果的です。ある金融機関では、発達障害の社員が業務に集中できるように「サイレントルーム」を設け、希望者が自由に使用できるようにしています。また、オンライン会議に関しても、「音声だけ参加可」「チャットでの質問可」などの柔軟な対応が行われています。

4. メンター制度と定期面談

本人の特性や困りごとを把握するには、日々のコミュニケーションが重要です。あるメーカーでは、発達障害の社員に対して「職場メンター」を1人つけ、定期的に1on1の面談を実施しています。雑談も交えながら、悩みを聞いたり、業務上の気づきを共有したりすることで、心理的な安心感を得られるようになります。

5. 柔軟な働き方の導入

フレックスタイム制度やテレワークの導入も、発達障害を持つ社員にとって大きな支援となります。ある広告代理店では、感覚過敏で通勤が苦手な社員のために「フルリモート勤務」を認めており、本人のパフォーマンスが格段に向上しました。また、体調や集中力に合わせて働く時間を調整できることで、持続可能な就労が実現しています。

周囲の理解とチームの協力

いかに制度や仕組みを整えても、現場の理解が伴わなければうまく機能しません。職場全体で「違いを受け入れ、多様な働き方を尊重する」という意識を共有することが重要です。ある会社では、発達障害に関する社内研修を年1回実施し、社員が実際に感じている困難や配慮のポイントについて学ぶ機会を設けています。

また、「ミスを責めない文化」「指摘よりも提案を大切にする文化」を根づかせることで、本人も安心して働けるようになります。こうした文化は、発達障害を持たない社員にとっても働きやすい環境づくりに繋がります。

発達障害者の強みと活躍事例

発達障害というと「できないこと」ばかりに目が向きがちですが、実は「突出した強み」を持っている人も多くいます。たとえば、ASDの人の中には、極めて高い集中力や記憶力を持つ人がいます。あるIT企業では、膨大なログデータの解析業務をASDの社員が担っており、正確かつ迅速な処理能力で高い評価を得ています。

また、ADHDの社員が「ひらめき力」や「行動力」を生かして新しい企画を次々と提案し、商品開発の分野で成果を出している例もあります。このように、適切な支援があれば、発達障害のある人が職場で重要な戦力となることは十分に可能です。

おわりに

発達障害のある人が安心して働ける環境は、すべての社員にとって働きやすい職場をつくる基盤となります。支援とは「特別扱い」ではなく、「誰もが自分らしく働けるようにする」ための工夫です。

一人ひとりの特性を理解し、柔軟に対応する姿勢こそが、これからの多様性社会における企業の競争力となるでしょう。私たちは、「発達障害だから無理」と思うのではなく、「どうすれば力を発揮できるか」を一緒に考え、行動していくことが求められています。