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小学生でアスペルガーと診断されてから就職するまで

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この記事は50代の女性に書いていただきました。

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アスペルガー症候群と診断を受けるまで

 私の息子はもうすぐ20歳になりますが、小学3年生のときにアスペルガー症候群と診断されました。小学校に入学するまでは特に幼稚園の先生から問題など指摘されることもなかったのですが、小学校に入学後すぐに問題行動が増え、2学期に入ったときにスクールカウンセラーから「発達障害の検査を受けてみては」と進められたことが最初のきっかけでした。

 振り返って考えてみると、乳幼児の健康診断などは全く異常なかったものの、壁や床にひたすらごんごんと頭をぶつけてみたり、畳の線に沿ってきれいに真っ直ぐミニカーを並べたり、幼稚園でみんなが集団になって遊んでいるのに一人園庭の隅っこにしゃがみこんだりと、様子が違っていることがありましたがおかしいと思いませんでした。
小学校での問題行動は少しずつエスカレートしていきました。

 ADHDの傾向もあり、じっと座っていられない、机を絵の具で塗りつぶす、忘れ物や失くし物が極端に多い、友達に噛み付く、授業中でも奇声を上げて教室の中を歩き回る、窓辺に行ってただ外をボーっと眺めているなどなど。

 小学校で受けた検査では自閉症の一種だと言われ、専門機関での検査を進められました。小児科と発達障害センターが連携している機関を紹介されそちらで受診やいろいろな検査を受け、自閉症スペクトラムのアスペルガー症候群との診断が下りました。診断されたとき、「まさかわが子が自閉症!?」という思いが真っ先に頭に浮かびました。

 それまで問題行動を起こしては学校に呼び出され、また時にはお友達の家へ謝りに行くということが多々あって、「自分の子育てが間違っていた」「自分が何か悪かった」という気持ちでいっぱいで、精神的にもまいっていたのですが、発達センターの先生から、「お母さん自身を責める必要は無い、自閉症はしつけや家庭環境の問題ではなく生まれつきのもの」「これまでのことではなく、これから子どもにどう接してあげていくかが大切ですよ」と言われ、こんな書き方は不適切かもしれませんが、ホッとした自分がいました。

接し方を変えてからは良い変化が

 それからの私は、アスペルガー症候群やADHDに関する本や記事をたくさん読みながら、息子に合った育て方を探し始めました。それまでは、しつけの問題と思っていたこともあり、「もっと厳しく」と息子にも辛い思いをさせていたと思います。でも、息子の個性を伸ばしてあげることの重要性、出来ないことよりできることを大袈裟なくらい褒めて伸ばしてあげる、そういったことに視点を向けるようになると不思議なもので息子も成長するとともに、私も親として成長させてもらえていると思えるようになりました。

 また、耳で聞いたことはすぐ忘れてしまうので、目で見て分かるように1日のスケジュールを表にして、一つ終わればシールを張って次に取り組むということをしたり、物を失くさないように片付ける場所も明確に書いてその通りにできるようにしたりしました。そうすると、子どももシールをもらえること褒めてもらえることに喜びを覚えたようでした。

いじめにも合い、苦労の連続

 といってもいいことばかりではありません。高学年になってくると起立性調節障害もあったため朝がとても弱く、また心無い子達から「害児」と差別され、いじめにも合いました。以前の私ならどうしようとくよくよしていたかもしれません。ですが、息子が学校に行きたくないと言ったとき、無理に行かせることはせず、行きたくなったら行かせよう、勉強だけが大事なことではないと思い、一緒に家でお料理したり、掃除や洗濯を教えたりして一緒にいる時間を大切にしました。

 しばらく休んでからは保健室登校から始め、そしてまたもとの教室へ通うことができるようになりました。そのときのお友達や担任の先生の対応、配慮など、本当に感謝しています。

 中学に上がると、言葉にならないもどかしさからか、反抗期には暴れる、私に暴力を振るう、物に当たるなど、このままだと事件にでもなるのではないかと思うぐらい荒れました。自分の気持ちを言葉にすることが苦手だったため、学校でストレスを溜めては帰ってきて私や家の物に当り散らしたり、近所に聞こえるくらい大きな声で叫んだりすることもありました。

 また、授業内容の急な変更などについていけなかったのだと思いますが、いきなり早退して帰ってきて、「数学のはずが国語になって国語嫌いだから帰ってきた」とか、「先生の言っていることがころころ変わるから納得できない」などということが多かったです。しかし、その時期を過ぎると落ち着きを取り戻し、自分なりに自分の得意不得意なことを考えるようになっていきました。

 高校は定時制に入学し、それでも4年間辛抱強く通い、卒業もできました。高校に入ってからはだいぶ落ち着いたのですが、やはり納得がいかないことがあると急にカッとなって壁を殴ったりということがありました。また、アルバイトを始めたときに3日で辞めてしまったのですが、その理由が「3時間ですませればよい作業を、2時間で終わらせることができたから帰ることができると思ったら、その次の作業までやらされて、頑張ったのになぜ作業を増やされたのか納得いかないからやめてきた」ということでした。急な予定変更がとても苦手だということの現れなのだと思いました。その後、アルバイトなどをする上では作業内容を事前に知らせてもらうことの大切さを感じました。

 そして今は就職もし、家も出て独立して頑張っています。息子から言われ今でも忘れられない言葉があります。「お母さんが一生懸命していたことは、大人になって社会に出たときに僕が困らないようにしてくれていたんだって、今ちゃんと分かっているよ。ありがとう。」この言葉を聞いて泣きそうになりました。そして、この子を育てて本当によかったと胸が熱くなりました。発達障害の子どもを育てるのは大変かもしれません。でもしっかり向き合ってあげればほんの少しでも子どもには伝わるのだということを信じて、楽しんで子育てして欲しいと思います。

[参考記事]
「自閉症スペクトラムの特徴とは」

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