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発達障害を精神障害と誤診され、薬の副作用で苦しむ

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この記事は20代の女性に書いていただきました。

……….

 私はつい先日、自分がADHD(発達障害)だと言うことを知りました。ここに行き着くまでの十年間、精神科に通い続け、多くの誤診をされ、自分は精神障害者だと思っていたのです。

 発達障害のADHDを精神障害だと誤診されて、長年薬を服用したことにより、身体に大きなダメージを受けました。

1、12歳、自律神経失調症と起立性調節障害と診断される

 当時小学校卒業間近の私は、朝起きられなかったり、頭がずっとぼーっとしていて、学校に行こうとするも頭痛や腹痛が起き、登校途中でパニックになって泣きながら引き返してしまう。こんな毎日を送っていました。

 原因としては、私の性質について周りの理解が得られなかったことです。両親さえも、「お前がだらしないからだ、もっとしっかりしろ」と私を叱りました。私はどうすることもできずにさらに症状が悪化していくことになります。後から考えるとこれは発達障害の二次障害により、精神や体に異変が生じていたことが原因だと分かります。

 父親は精神科医ではないものの、外科医だったこともあり、世間体を気にする家柄の私の両親は、私を精神障害と決めつけデパス(抗不安薬)などの薬を処方しました。その薬は私には合いませんでしたが効いている振りをし、これが正しいんだと強く思い込むことにしていました。

 当然合わない薬ですから、かえって症状が悪化していきました。私は確か11歳の頃初潮を迎えましたが、薬の副作用で13歳になるまで一切月経が来ませんでした。デパスの副作用として生理不順はよく挙げられることみたいですが、当時の私には初潮が一体何だったのか分かりませんでした。

2、14歳躁鬱病、拒食症と診断される

 自分を精神障害だと思いたいくなかった私は、無理やり周囲に合わせた生活を続け、さらに合わない薬を飲み続けたせいで毎日朦朧とした意識の中で生活していました。

 ある日、突然の吐き気に見舞われ、そこから一切何も食べれない状態(水ですら飲むと吐いてしまいました)が続いたため緊急入院、栄養点滴や様々な検査を受けた結果、躁鬱病、拒食症と診断されました。

 ちなみに体重は一週間で10キロ落ち、歩くこともできない状態で車椅子を親に押してもらう生活がしばらく続きました。

 処方された薬は同じくデパスやレンドルミン(入眠剤)などを処方されましたが、高校を卒業するまで倦怠感、食欲不振、吐き気などの副作用に悩まされ、パニックの症状もより頻繁に起こすようになりました。これは後から考えるとデパスの副作用と発達障害の二次障害が合わさった症状だったのですが、主治医もそのことには気づいておらず、私自身も言い出せず、あまりの辛さに自殺未遂を繰り返すようになりました。

 この二種類の薬は依存性が非常に高く、あっという間に効かなくなり、薬は階段を一個飛ばしで登る勢いで強いものに変わっていきました。

3、18歳境界性人格障害と診断される

 ここまで治療して来て一切症状の回復も見られず、ついに18歳の時、境界性人格障害と診断されました。またまた、発達障害ではなく精神障害と誤診を受けました。当時処方されていた薬は今よりは弱いものでしたが、現在処方されているものを簡単に紹介していきたいと思います。

・ベンザリン15mm(安定剤で、けいれん発作や不眠の症状に用いられる)
・ジェイゾロフト100mm(抗セロトニン阻害薬)
・ヒルナミン10mm(ドパミンの抑制)
・パリエット10mm(胃粘膜を保護する薬)
・デパケン200mm(偏頭痛発作を抑える薬)
・ロヒプノール3mm(睡眠薬)
・ハルシオン0.25mm(睡眠薬)
・リスパダール内容液1mg(パニック発作を抑える薬)頓服
・レキソタン2mm(不安時に飲む薬)頓服
・パーキネス4mm(けいれんを抑える薬)

 以上が現在処方されている薬です。非常に多いですよね。精神薬はとても依存性が高いものが多く、止めにくく、さらには効きにくくなるのも早いです。結果私は薬を減らした現在でもこれだけの薬を毎日飲まなければなりません。

 この中で最も副作用が怖い薬はジェイゾロフトリスパダールです。

 ジェイゾロフトは最初処方されて服用し出してからの一週間は、耐性ができていないため、まともな生活を送ることができません。身体が動かなくなり、倦怠感と吐き気、猛烈な眠気が襲ってくるが眠れない。この症状が一日中続きます。

 また、脳はほとんど働いていない状態で、自分が生きているのか死んでいるのかも分からなくなり、24歳以下が服用すると自殺衝動にかられて狂ったように飛び降りたりする例もあります。私は幸い、リストカットと首吊り未遂で済みましたが、それでも何針か縫うような傷が無意識のうちに増えていっていました。

 リスパダールはパニック発作を起こしそうになった時に緊急で飲む薬で、液状のものを経口摂取するのですが、とても強い薬なので立ちくらみや意識混濁、めまい、口の渇きがひどかったです。

 また、手の震えなどのパーキンソンの症状も出ていたのでパーキネスと併用していましたが、この二つ実はとても飲み合わせが悪かったらしく、脱力感、倦怠感、冷や汗などの発汗、ふらつきなどもありとても生活できる状況ではありませんでした。

 ロヒプノールに関しても日本の処方限界量を処方されていますが、私はもはや耐性が出来上がってしまったためにハルシオンと兼用しています。現在は処方されていませんが、最もまずい薬はイソミタールという睡眠薬でした。粉末状でオブラートに包むタイプですが、ロヒプノールやハルシオンなど軽く超越する睡眠薬でした。

 この薬も他の安定剤全般との飲み合わせが非常に悪く、私は解離の症状を頻繁に起こし、多重人格のような状態になりました。自分の中に誰かがいて、脳が眠っている状態のまま深夜の街を徘徊していたり、気づいたら知らない街にいたり、自分とは全く別の人格が出てくるようになってしまったのです。何度も薬物を疑われ、補導されたりもしましたが、解離している間の記憶が一切ないために説明のしようがありませんでした。

 この時も自殺未遂を繰り返します。えげつない話をすると、朝起きたら部屋中が血まみれ、なんてことは日常茶飯事でした。勿論身体にもものすごい負担がかかりましたし、周りの人間にもたくさんの心配をかけましたし、今生きていることが奇跡にも思えます。それぐらい私の精神は精神薬によって崩壊し、生活も仕事も失いました。大事な人も失いました。

 唯一救ってくれたのはやはり家族でした。今は理解を得られて、たくさんこれまでのことを謝られました。私は今でも生まれてきてごめんなさい、未完成な人間でごめんなさい、と心の中で思っています。でも親がこれ以上苦しむのを見たくないから、私は自分の病気を自分だけで向き合って行きます。

まとめ

 いかがだったでしょうか?ハードな内容になってしまいましたが、もし自分の子供が少し変だと気づいたら一回、精神障害ではなく、発達障害ではないかと思って見てほしいです。子供がまだ小さいうちに発達障害であると気づけば療育を早期に受けることが出来て、大人になってから少しは楽に生きられるかもしれません。

 私は長い間自分を発達障害ではなく、精神障害と勘違いしていたせいで多くのものを失いました。もし家族や身の回りの人にそういう方がいらっしゃる人は、どうか責めないであげてください。その人は発達障害により自分の意思ではコントロールできないだけかもしれません。

[参考記事]
「ADHDの薬コンサータの副作用で幻覚。袖から大きい蟻が」

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