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統合失調症とアスペルガーの私。いい意味で諦めています

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この記事は20代の女性に書いていただきました。

……..

私は4年に渡り統合失調症の治療を受けていました。
児童施設で働いている幼馴染に日頃の悩みを相談したところ、「ADHDの可能性もあるから、一度検査を受けてみてはどうだ?」と勧めてくれたことがきっかけで、心理検査を受けることになりました。
そして先日、定期通院の日に病院へ行くと医師から「心理検査の結果。今は統合失調症の症状は出ていないから薬を飲む必要が全くない。しかし、君は発達障害の1つアスペルガーです。ADHDの傾向もないです」と診断をされました。

統合失調症と診断される前の仕事

3.11の大地震で仕事が全くなくなるまではイベントプロダクションに7年在籍していました。
20代半ばでは4000人規模、50名以上のスタッフをまとめるの株主総会の会場責任者の一人として仕事を頂くこともありました。
「私は仕事ができる側の人間なんだ」と、自分のことを過信していました。

統合失調症と診断されるきっかけ

震災で仕事がなくなり工場の期間工として半年程働いていた時に、謎の声が聞こえ始めました。
その声に命令され
、おかしな行動をしていた私は、最終的に上司に精神病院を勧められ、そこで統合失調症と診断されました。
診断された時は世界がおかしくなったわけではなく、私の頭がおかしかったんだ!そう思えてとてもほっとしたのを覚えています。

診断後、会社の労務からは「これを書かないと大変なことになるから是非書いた方が良い」。
そう勧められ、混乱していた私はわけも分からず退職願いに署名しました。
それから1年は実家で家事全般を引き受けつつ、読書とネットゲームをして1年。

再び働き始める

失業手当金が尽きるとイベント関係の仕事を再開しました。
ところがどの現場に行っても「君は昔は仕事が凄いできたのに、どうしてしまったの?体調でも悪い?久しぶりで忘れてしまった?」という声ばかり知り合いにかけられる日々。
終いには「君はこの仕事を任せられないから、別の人と差し替える」と言われる始末。
結局それを機にイベント関係の仕事を辞めました。

その後は医師のアドバイスに従い、週3ぐらいの勤務で喫茶店やレンタカー屋でアルバイトをする日々。
病気になる前は苦にならないような接客の仕事が「少しちびるぐらいに」本当に辛かったのを覚えています。

「仕事ができない自分」というものを受け止めきれませんでしたが、それでも「どうにかしなくては」と半ば自棄気味に家から近いという理由でファーストフード店の正社員を1年しました。
統合失調症のことは職場にオープンにしましたが、「普通の人」として扱って貰っていました。
それは私が「全国1500店舗以上ある中で接客と調理部門で1位」を取って表彰される程度に仕事が出来ていたからです。
しかし、忙しくなればスピード優先で行き届いた接客ができないことが不満で退職。

医師に向いていると言われたものは

退職後にアスペルガーと診断されたのですが、医師からは「芸術系。音楽や映画、文章等自分の興味のある芸術の分野での仕事が向いています。中でも個人プレーの仕事がいいです。皆で何かをするのは向いていません。人と深く関わるとトラブルが起こるし、大人数の中にいるのも危険だと思う」と言われています。
個人的には今まで人をまとめるような仕事の方を長くしてきたので、その意見には反対していました。
ただ、逆に言うと「私自身が問題に感じていないことでも、周囲は問題に感じていた」という可能性に、私が気づけなかっただけかもしれません。
空気を読めないのもアスペルガーの特性ですので、周りが迷惑している可能性もあるかなと思います。

アスペルガーと診断されての自分自身

診断された瞬間は「とても嬉しい」と感じました。
得意なこと、興味のあることに突き進んでいいんだ!という許可証のようにその診断名がキラキラして聞こえました。
いい意味での「諦め(あきらめ)」です。
皆と同じ、会社に行って働かなくてはいけないと思っていましたが、今では先生から言われた「個人プレーの仕事」であるライティングの仕事をして細々と稼いでいます(まさしく今書いている文章がそうです)。
友達や妹の反応を見ると病名が変わろうが「私であることには変わりがないでしょ?」という感じですね。
先生の助言を参考にしつつ、自分に向いている仕事を色々試しながら、食べていける仕事を見つけていくのが目標です。

[参考記事]
「発達障害の一つアスペルガー症候群とは」

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