この記事は30代の男性に書いていただきました。
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私は、1年ほど前にADD(注意欠陥障害)とLD(学習障害)、アスペルガー症候群が合併していると医師から診断を受けました。同じ発達障害と言っても、人それぞれ特性が違うと思いますので、あくまでこれからお話することは、私自身の症状だと思ってください。ADHDと学習障害とアスペルガーを抱える私の人生を振り返ってみたいと思います。
※ADHDは注意欠陥、多動性、衝動性が合わさった障害ですが、ADDは主に注意欠陥が主な症状です。不注意優勢型ADHDとも言われています。
大人になっても九九が暗唱できず
母から言われたことですが、赤ん坊の頃から眠りが浅く、少しの物音でも目が覚め、泣いていたそうです。物心がついた頃には、布団に入ってもなかなか寝付けず、起床時にはなかなか目覚めない状態でした。幼稚園に入った頃は、他の園児と同じようにしているつもりでも、お遊戯も覚えられず、発表会の時には、隣の園児を横目で見ながら、ワンテンポ遅れてお遊戯をしていました。
その後、小学校に上がり3年生になると、明らかにほかの同級生より成績が悪いことが分かりました。LD(学習障害)の影響だと思われます。まず、九九が覚えられない。どれだけ一生懸命覚えようとしても6の段になると途中で言えなくなりました。大人になった今でも九九は全て暗唱できません。分数・小数点に入ると、さっぱり理解できませんでした。暗記ものの社会や理科なども、全く出来ず、居残りをさせられていました。家族からは、授業を聞いているのか?どうして出来ない?何がわからない?と、問われても、何がわからないかも分からないような状態でした。
中学校ではさらに勉強で苦しみました。なぜなら勉強ができないことが思い知らされる仕組みが中学から始まったからです。例えば小テストで、隣の子に採点させる仕組みや、成績順にテストを返却されることです。「あいつ(私)の点数は何点だったんだ」と笑われ、恥ずかしく、情けなかったです。朝の6時に起きて、勉強してましたし、寝る前に 復習していたのにも関わらず、結果は惨憺たるものだったのです。
徐々に、劣等感が膨らみ、授業が苦痛で仕方なかったです。何とか大学までは進学し、卒業は出来ましたが、大学卒業までは7年かかりました。九九ができないLD(学習障害)を抱えていますので、大学を卒業できるとは思っていませんでした。
記憶が悪いため、人間関係に影響
短期記憶も弱く、言われても直ぐに忘れてしまいます。自己紹介されても、顔と名前が一致しないことも多いです。また、言葉を素直に受け止めるため、冗談で「もう絶交する」と言われても信じてしまい、同級生に「冗談もわからないのか?」と、笑われたりしてきました。同級生がみんな笑ったり怒ったり、悲しんだりする場面でも、「なぜ面白いのか、なぜ怒るのか、なぜ悲しいのか」が分からず一人戸惑っていました。これはアスペルガー症候群の「空気を読めない」という典型的な症状です。
そういう空気感が分からないため、とんちんかんなことや思ったことを悪意なく言うため、徐々に無視されていきます。いじめられても両親や兄弟に言えず、いってきますと通学するのが辛かったです。様子がおかしいと、いじめられてるのか?と聞かれましたが、そんな事言えません。空気が読むのが苦手でも、家族に心配をかけたくない気持ちはありました。
40代を目前にして診断を受ける
こう言った事で、どんどん辛くなり、20代前半で鬱病になりました。その当時、発達障害と言う言葉も知らず、原因も環境変化によるストレスだろうと診断を受けていて、抗うつ剤と睡眠薬を飲む日々でした。
40代を目前に、何が私を苦しめているのか。どうして、「普通」になれないのか。堪え性がないだけなのか、性格が悪いのだろうか?そう言う事を考えていた時、通院している精神科の医師に相談しました。「ここでは検査してないけど、発達障害の検査を受けてみるか?」と言われ、その頃には発達障害と言う言葉を知っていたので、もしかしてと思い、検査を受けることにしました。
検査結果は、冒頭にお伝えしたように「ADD(不注意優勢型ADHD)とLD(学習障害)、アスペルガー症候群の合併している」ということでした。医師は「この障害は治療しても完治することはありません」と言いましたが、自分がどうして上手く出来なかったのかが分かっただけ、ホッとしました。また、自分では普通だと思っていた聴覚過敏、嗅覚過敏も発達障害のせいではないかと言われました。昔から、大きな音、高音を聞くと、頭の中がグワングワンし、息が吸いづらかったのですが、通常そこまでならないとのこと。
職場での私
大学を何とか卒業し、就職しましたが、同じ職場に続けて居る事も出来ず、職を転々としてきました。原因は、人間関係です。服装がおかしい、そんな事普通はしない、普通は・・普通は・・・。これは、職場の先輩に言われてきた言葉です。その後、ずっと「普通」と言う言葉に苦しみます。私には「普通」のことでも、他の人には「異常」なのかと。
現在、経理事務として勤務しています。とは言え、職場は転々と相変わらずしており、現在の職場も最近入ったばかりです。数字が苦手な私が、何故数字を相手にする経理という職業に就いているのかと疑問に思われるでしょうが、経理はルールが存在するのです。空気を読む、臨機応変に対応する事が苦手な私は、接客であったり、企画、営業と言う職業を避けて来ました。経理は、基本的に処理方法に関しては、キッチリとルール(会計法や税法、会社の規則等)が存在しているので、数字が苦手な私でも、そのルールに則って処理が出来るのです。ルールさえ分かれば、後は会計ソフトに入力して行くだけなので、九九が言えない私でも出来ます。よくADHDの人の仕事対策としてマニュアルを用意するようにと言われますが、私にとっては法律がマニュアルのように機能しているのです。
日商簿記検定も持っていますが、合格するまでに何年もかかりました。一般的には、直ぐに取れると言われている3級でも何回か落ちています。通常簡単に取れると言われていても、学習障害がある私には、非常に難しかったです。それでも受け続けたのは、仕事をしなければいけないからです。諦めずに受け続けただけです。
また、短期記憶が悪いので、言われた事でも忘れがちです。その上、複数の指示が来ると、優先順位が分からない状態になり、パニックを起こします。ですので、メモを取る、付箋を貼って上司に期限を確認することで、漏れ防止をしています。このお陰で、忘れると言う事はありません。周囲には、すごいメモ魔と言われますが、そこまでしてやっと、他の人と並べるのです。後は、ケアレスミスが非常に多いです。見直しても、どこか間違えています。仕事を始めた頃、先輩や上司に何回も注意を受けました。ADD(不注意優勢型ADHD)が原因ですが、これでは仕事になりませんので、普通の人が2回見直す所を4回見直しています。しつこいと思われていても、ミスが出てくるため、この作業は削れません。
現在の職場の人間関係ですが、なるべく距離を取るようにしています。業務以外の話はしない。お昼は一人で出て食べる。こう言った感じです。これだと、真面目で大人しい人と捉えて貰えます。誰かが雑談を振ってくると、周りに合わせて、よく分からなくても同じ表情を作れば、何となく溶け込んで見えます。冗談なのか、本気なのか分からないので、兎に角、周囲の人の表情を真似るのです。「うんうん、そうなんですね(笑)」って感じでしょうか。空気が読めないアスペルガーの私でも頷くことはできます。
大人になると、あからさまないじめはなくなりますが、それなりに嫌な思いもします。そうなるのが嫌で、こう言う「技」を使うようになりました。どうしても隠しきれない「変わっている所」もあり、面白いねとか、個性的と言われる事もありますが、私なりに最小限に抑えるよう、努力しているのです。根本が変わる訳ではないので、対策と言うか解決策を、試行錯誤しながら見つけてきました。これからも、自分の苦手分野で壁にぶつかると思いますが、その都度、解決出来るよう、解決方法の引き出しを増やしていこうと思います。
私の人生はここまで平坦ではありませんでしたが、発達障害を抱える人の人生に少しでもお役に立てば幸いです。
[参考記事]
「アスペルガー症候群の子供に対して親が気を付けること」
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