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発達障害者の人間関係。アルバイトではクレームばかり

 

この記事は20代の女性に書いていただきました。発達障害者は人間関係を苦手としていて、特に仕事で問題が現れることが多いです。

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 まだ20代ですが、これまで散々人間関係に悩まされました。自分のどんな言動が人の癇に障っているのかが分からなく、人を怒らせてしまうことが頻繁にありました。今でも状況は同じです。大学生になって発達障害に気づいたので、療育を受けることもなく、大きくなりました。

 今回の記事では今までの人間関係を中心に書いていきたいと思います。

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私の子供時代

 私は小さい頃から落ち着きがなく、ここで待っててと言われてもすぐにその場を離れてどこかへ行ってしまうような子だったと母親から聞きました。小学生になってもそれは変わりませんでした。発達障害の多動性ゆえ、集中力もなく、忘れ物も多く、先生にはよく怒られていました。

 学年が上がるにつれ、クラスメイト、特に女子は私に対して冷たい態度をとるようになりましたが、理由はいわゆる、「空気が読めない」せいです。自分の好きなことを永遠と話していたり、言わなくてもいい余計なことを言ったりが嫌がられた原因だと思うのですが、自分では正直良く分かりません。

 発達障害と分かったのは大学時代ですので、この時にはもちろん障害があるなんて一切思っていません。

苦しんだ中学時代

 小学校卒業と同時に引っ越したので、中学は知らない子ばかり。ですが、私はクラスの子と仲良くなれるよう積極的に話しかけました。みんなと仲良くなれたように感じていましたが、仲良しグループに入れてもらえませんでした。学校の行事でグループを作るときも入れてもらえず、入れてもらおうとすると嫌がられました。

 ある日、友達だと思っていた子が突然手紙を渡してきたので、その中身を読むと、「これ以上一緒にいるとみんなからの受けが悪いし、イライラするからもう話しかけないで」と書かれてありました。とてもショックでした。完全に一人ぼっちになりました。昼ご飯を食べるときも、学校から帰るときもいつも一人。

 どうやら私は気づかぬうちにクラスメイトたちの怒りをかっていたようです。私の話が癇に障ったのは分かるのですが、どんな発言が人を怒らせたのか私には全く分かりませんでした。

 自分の失言でクラスメイトを怒らせる私はなんてダメな人間なんだろうと思うようになりました。先生にも嫌われていました。先生からは「社会不適合者」と呼ばれましたが、それでも私は不登校にならずに学校へ毎日通いました。

 せっかく受験勉強を頑張っても内申点の悪さが問題になりました。そのせいで担任の先生との面談時は極端に偏差値の低い私立高校を受けるように言われました。しかし、私はもっと偏差値の高い私立高校を希望していたので、受験したところ合格しました。

それなりに充実した高校時代

 高校は第一志望の英語科の高校に通いました。担任の先生もいい先生で、クラスメイトからもいじめられることなく過ごすことができました。

 小学生、中学生時代と比べると奇跡的なほど、何も嫌なことはありませんでした。しかし、相変わらず、友達が少なく、忘れ物が多かったり、授業を聞いていなかったり、その辺の性質は変わっていません。

とても充実した大学時代

 大学は女子大に通いましたが、英語のほか、いろんな国際文化やポップカルチャーも学べる学部です。学生時代で一番楽しかったです。欧米の文化、歴史を学ぶのは本当に大好きで、高校までの勉強とは全然違っていて新鮮でした。大学にはクラスというものがないので人間関係にも縛られることもありませんでした。

 そして大学4年生になると就活が始まりましたが、面接では体をもぞもぞ動かしたり、落ち着きがなかったせいか、内定は20社受けたにも関わらず1つも貰えませんでした。

 そんな悩んでいる時、大学の図書館でたまたま発達障害に関する本を読んだところ、これは私のことだと思いました。その後、早速病院に行っていろんな検査を受けました。その結果、アスペルガー症候群とADHDの二つの診断が出ました。

 大学のカウンセラーさんにそのことを相談すると、ウェルビーという障害者専用の就労移行支援会社を紹介されました。なので、私はウェルビーに通うことにしました。発達障害は障害手帳が出ると聞いたので、手続きをして3級の手帳を取得しました。ウェルビーや病院に通いながら大学にも通い、卒業しました。

現在の状況

 大学を卒業後、ウェルビーに通いながらアルバイトもいくつか経験しました。高島屋で接客のバイトを数日間しましたが、お客さんからクレームが来てしまって首に。

 次に、学童保育のアルバイトをしました。子供たちと過ごすのはとてもやりがいを感じられましたが、保護者からは「まともな人間とは思えない」という評価を受け、辞めさせられることになりました。私はそんな風に思われてたのがショックで、数日間はうつ気味になりました。相変わらず、人間関係を構築していくことが苦手です。

 今はウェルビーの支援者さんにアドバイスをもらいながらいろんなところへ企業見学へ行ったり、面接を受けたりしています。せめて自分で生活費を稼げるようになりたいです。だからどれだけ面接を落ちまくってもめげずに就活を続けます。発達障害でもやっていける会社はきっとあると信じて進み続けます。

[参考記事]
「30社の面接を全て落ちて就職できないアスペルガー症候群の私」

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