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就労移行支援事業所が障害者を食い物にしている現状

この記事は50代の女性に書いていただきました。全ての就労移行支援事業所がこの記事に書かれているような事業所ではないことを初めに断っておきます。

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就労移行支援事業所主催の食事会で感じた違和感

 当時四十五歳だった私は、社内の人事異動とそれに伴う人間関係のもつれによるストレスからうつ状態を呈し、さらには脳梗塞を起こして出先で倒れ、そのまま緊急入院という目に遭いました。

 幸い大事には至らなかったものの、左半身に麻痺が残った私は、延々パソコンのキーボードを叩く作業に支障が生じたため、それまで障害者雇用制度を活用して勤務していたあるIT関連企業を退職しました。

 しかし、元夫との離婚係争中ほか諸般の事情から療養にも専念できなかった私は少しでも早い社会復帰を果たし、これまでよりも確実に収入が保障され、且つ安心できる職場で働くきっかけになるようにと、ある発達障害に特化した就労移行支援事業所(本文中では事業所名は伏せます)Aへの通所を検討し始めました。

 まずは、私が入所を希望しているその就労移行支援事業所Aで、月二回定期的に開かれている食事会にお試しで参加してみることにしました。A事業所及び親会社である株式会社Bが南青山のお洒落な街の一角に開店した、実際に障害のあるメンバーが働く場所として運営されているイタリアンレストランが会場でした。食事会での様子を見る限り、スタッフやメンバーの雰囲気は決して悪い印象ではありませんでした。

 親会社Bの企業のHPでも具体的な取り組みがいろいろ紹介されていましたが、食事会の合間にBの役員陣が自分の会社について熱心にPRしていました。彼らの説明によればこのA事業所と株式会社Bの一連のグループ企業は、発達障害児のための高校や専門学校の運営を全国展開したり、障害者の人材派遣、手帳や障害年金の申請支援、さらには生活保護受給者に対する自立への支援など、多角的に障害者や社会的弱者の社会参加を提唱し続けているとのことでした。

 発達障害のために一般の方よりも洞察力も判断力も劣る私は親会社Bの経営陣の熱い語り口調に…このA事業所はいかにも自分たち発達障害者のことを真摯に考えてくれている、そう好感を得た私はこれらの言葉をすっかり信じ切ってしまったのです。

就労移行支援事業所の実際

 早速、就労移行支援を受けようと具体的に考えをまとめた私は、役所で自立支援の手続きをする前に、実際にA事業所の就労支援の様子を見学してみることにしました。

 しかし、実際に訪れたその場所は…私が想像していたものとは全く違い、単に都営団地の一角を「福祉利用目的」ということで都から安く借り受けた狭苦しいスペースでした。車椅子ユーザーの私は狭すぎて身動きも取れず、トイレに入ることもできないというその実態は、パンフレットに謳われている「完全バリアフリー」とは程遠いものでした。

 また、A事業所内で管理職ポジションながら最低賃金で業務に従事している「支援員」は、A事業所での就労支援訓練を終えた「卒業生」ばかりで、支援員とはいっても発達障害や社会保障制度、福祉の問題などについて、特に専門的な知識を有しているわけではありませんでした。

 「同じ障害に苦しんできた先輩だからこそ通所生の悩みも理解できる」ことが、彼ら支援員の強みであり、ウリだとのことでしたが、実際にいろんな話をしてみると、私には解せない部分も多かったです。彼らは私の質問に対しては曖昧に受け答えし、きちんと返事はしてくれないのです。まるで何かの宗教みたいに、支援員が「先輩」としてA事業所の素晴らしさを押し売りしてくるその感じがもう本当につらくて苦しくなってしまうほどでした。

 また、現状私は必要を感じていないのにも関わらず、やたら生活保護を申請するよう勧めてくることも、私には理由がわからなくて薄気味悪く感じました。

就職先での不当解雇

 自宅からも遠く、車椅子では実際の利用が難しいという理由から、私は結局、A就労移行支援事業所への利用、通所はお断りすることにしました。

 ところが、お断りから数日が経った頃、私はA就労移行支援事業所を運営する親会社Bの管理職及びスーパーバイザーと名乗る人物からこんなメールをもらいました。

「親会社Bの社長が懇意にしているアパレルメーカーCが、いよいよ障害者雇用に乗り出すから、〇〇さん、ぜひそのアパレルメーカーCで働いてくれませんか」。つまり、私はメールを通じて「再就職」の打診を受けたのです。

 親会社Bの管理職と就労移行支援事業所Aのスタッフ同席のもと、実際にアパレルメーカー株式会社Cの人事部長と形ばかりの採用面接を受けたのち、私は正式に「採用」となり、アパレルメーカーCが指定するオフィスへの通勤も開始しました。

 しかし、面接の時にCの人事部長から提示された条件と、実際に私が株式会社Cに雇用される際に相互で交わした書類に記載されていた文章とは全く内容が異なっていました。面接の時の説明によれば正社員で採用されたはずの私の身分は、実際に入社してみると「契約社員」でしかありませんでした。

 就労場所も初め聞いていたCの東京本社ではなくて、車椅子のままでは身動きも取れず、用を足そうにもユニバーサルトイレもない、雑居ビルのワンフロアが実際の私のオフィスでした。実際の勤務内容も給与も…すべてにおいて面接の時に私が受けた説明とは違っていました。

 当時四十五歳という年齢で、且つ発達障害のみならず身体的にも障害を負っている私を採用してくれる会社があったことだけでも感謝すべきなのかも知れません。多少の条件の食い違いであれば我慢しようと思いました。

 しかし、いくら仕事だとはいえ、館内のどこにも車椅子で入れるトイレがない雑居ビルで、一日過ごすのは相当の苦行です。一旦催そうものなら車椅子で10分かかる最寄り駅のユニバーサルトイレにダッシュするしかありません。

 さすがにトイレにも行けないというのは致命的だったので私はアパレルメーカーCの人事部に本来の勤務先として聞いていた「就労場所」であり、車椅子トイレがあるC東京本社への移動を申し入れました。

 ところが、Cの人事部は私に対しそのまま自宅待機を命じました。数日後、私は…当時障害者に特化した人材派遣、紹介業務も行なっていた(就労移行支援事業を展開している)親会社Bのスタッフからの電話連絡を通じて、自分がアパレルメーカーCを解雇された事実を知りました(自宅待機を命じられた後、のちにお話するあっせんで和解に至るまで、私に対してアパレルメーカーCからは一切の連絡はありませんでした)。

不当解雇に対するあっせん申立て

 解雇された株式会社Cへの入社に際し、私は定期券の購入は当然、アパレルメーカー勤務ということで、社内外で着用するための自社ブランドの衣類にも会社の指定があり、それらの衣装は全て自費で購入せざるを得ませんでした。

 アパレルメーカーCへの就職に絡んだ被服費をメインにひたすら出費ばかりが嵩み、日々の生活も回らない状態に陥った私は、もはや自身の現状について泣くことすらできませんでした。

 紹介先のアパレルメーカーCを解雇となった私の必死の訴えに対し、あれだけ「熱心に」仕事を紹介していたはずの「親会社」であるBは

「〇〇さんはもともとうちの就労移行支援A事業所にきちんと通所していたわけじゃないから」といって知らん顔、株式会社Cとの連絡や交渉も含めて、何の対応も取ってはくれなかったのです。

 意を決して私は一連の件について自身を不当に解雇したアパレルメーカー、株式会社Cに善処を求め、東京労働局に「あっせん事件」として自身の力で申立てを行ないました。

 また、就労移行支援事業所Aの運営元であり、人材派遣会社としての就労支援事業を展開している親会社Bに対しても「社会的弱者である障害者を悪徳な企業に紹介だけをし、ひとたびトラブルが生じても何ら対応せず、責任逃れと保身に走る」実態について、東京労働局、さらに関係各省庁に対面及び書面で告発を行いました。

 結論としては。「私に対しアパレルメーカー・株式会社Cが解雇について300,000円の慰謝料を支払う」という内容で和解となりました。しかし、就労移行支援事業所Aと運営する親会社Bに対しては「障害者のために尽力しているのだから」という理由で、あろうことか東京労働局は実態調査すら行わなかったのです。

 いうまでもありませんが、その上に当たる厚生労働省も、私の訴えを完全に無視し、それ以上の調査も指導も行われないままうやむやにされました。

 私が最初に就労移行支援事業所Aで開催される食事会に参加し、都営住宅の一角のA事業所まで見学に行った時から、紹介先のアパレルメーカーCとのあっせん事件が和解という結論を見るまでに、気づけば半年以上の時間が経過していました。

 甘言を信じた私もバカだったのでしょうが、その間、ルールに則って他社への就職活動もできないまま、あっせん事件解決、株式会社Cとの和解という結論を見るまで待つしかなかった長い時間が、果たして300,000円の金銭で償われるのかについては、私は微妙な心持のままです。

 また、アパレルメーカーCから解雇、その後東京労働局管内であっせん事件を起こしたという「汚名」は私自身にCとの和解の後も纏わり付きました。あっせん事件という「トラブル」の記録が残されるため、その過去についてハローワークなどでイヤなことを言われ、私がつらい想いに至った場面も数回あったことも事実です。

発達障害者の就労支援の美辞麗句に隠された目的

 それ以上に私が問題だと思うのは、就労移行支援事業所Aを運営する親会社Bが、障害者の就労支援に留まらず、発達障害児の中等教育や高等教育にも手を染め、卒業生を体よく最低賃金で指導員として働かせる方向に繋いでいるところです。そして就労や訓練に馴染まないものは生活保護を受給させて、いわゆる貧困ビジネスと変わらないことをしている部分。

 それらはまさに、判断力がおぼつかず、甘言に惑わされやすい私たち発達障害当事者や、我が子の障害や将来を不安に思う親御さんの心をうまく利用し、弱みに付け込んで、悪徳なサービスでさらに当事者を不幸の底に突き落としていると表現してもいいと思います。

 さらにはその事実を東京労働局及び厚労省に告発しても「障害者のために一生懸命にやってくれているんだから」と、役所が動かないままだったことに、私は失望以上の、怒り以上のどうしようもない感情が胸に煮えたぎる想いです。

 それは私の「不当解雇」やあっせん事件、一連の件で私が受けた苦痛に対し300,000円の慰謝料で手打ちにされたこと以上に、マズいものがあると私は心から思うのです。

 さすがに(各方面から苦情が相次いだらしく)「企業の経営合理化」を理由に障害者の人材派遣事業からは手を引いたものの、今度はターゲットを変更し、生活保護受給者のさらなる自立と社会復帰への「支援」を謳っては、新たな「社会貢献」に手を広げている…そんな親会社Bの存在があります。

発達障害当事者の私が危惧していること

 現在、障害者の就労支援を運営している親会社Bは各地方自治体と提携を結び、生活保護受給者の就労支援プログラムを行なうための拠点を各地に置き、私が就労移行支援を受けようと見学に訪れたような感じの、公営住宅の一角を自治体から安価で借り受けた「就労支援事業所」で保護費によって賄われる「利用費」を確実に手にしています。

 説明するまでもなく、新規にオープンした就労支援事業所で働く「支援員」の殆んどが、親会社Bが経営する発達障害児者のための学校の卒業生、もしくは親会社Bの運営するAのような就労支援事業所の「卒業生」です。

 「支援員」である彼ら自身、障害者手帳を有して障害者雇用制度適応のもと働いている身分であるため、最低賃金で昇給もないまま働かされているという現実についてもなかなかマスコミなどの表沙汰にはなりません。

 発達障害者であれば基本は「精神障害者」として、障害者雇用制度に組み込まれてしまいます。残念なことですが、精神障害者の雇用については身体障害者や知的障害者に対するそれよりも法規制のルールが甘く運用されている事実は否定できず、そこについても私はイヤな感じで胸が締め付けられそうです。

 立派な理想は掲げていても、実態をよくよく見れば、結局それらは社会貢献を謳った悪徳な金儲けでしかない気もします。そして、この頃トラブルが表面化しつつある発達障害児へのデイサービス事業など元々は行政が携わっていた部分に対して、次第に民営化が進み、障害者の権利を守るために設けられていたはずの規制も緩やかになりつつある現在、親会社Bの問題はほんの「氷山の一角」ではないかと思うのは単なる私の杞憂でしょうか。

 キレイな言葉で障害者の就労支援と社会参加を謳った営利事業の本質とは実は私たち判断力の劣る発達障害者を食い物にしていないと本当に断言できるものなのでしょうか。そう想いを巡らせる時、うまくは表現できませんが…私は今も胸がもやもやしてしまいます。

[参考記事]
「発達障害の性質により退職を迫られ、就労移行支援事業所へ」

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