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不登校の背景に発達障害。娘の事例をお話しします

この記事は30代の女性に書いていただきました。

………

 初めまして、2人の娘のママです。上の娘はADHDの診断を受けていますが、自閉症スペクトラムの傾向も少しあると言われています。ADHDも自閉症スペクトラムも発達障害です。今回は上の娘の不登校について書いていきます。

 事情があって、一人目と二人目のパパが違います。一人目が離婚した夫との間の子、二人目が再婚相手との子供です。離婚してシングルマザーになったり、再婚して3人暮らしになったり、2人目ができて4人暮らしになったりしたので、いろいろ引っ越しをしました。

 引っ越しが多かったので環境の変化について行けず、娘はあまり友達という友逹がいないように思いました。本当に寂しい思いをさせて悪かったなと感じています。そのうち、学校へ行かなくなりました。まだ発達障害の診断を受ける前でしたので、なぜ友達ができないのかなど分からないことが多く、途方に暮れていました。

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初めのきっかけはちょっとした不登校

 不登校の初めのきっかけは、3年生の頃のお友だちとの衝突です。何かの言い争いがあったようなのです。

 お友達に謝る方法が分からない、仲直りの仕方がわからないと思い、話しかける方法を教えましたが、行きたがりません。無理やり引っ張ってやってみたら、泣いて抵抗してきます。

 どうにもならないので、担任の先生に相談しました。なんとか説得して、お友達と先生を交えて話の場を設けることができました。しかし、1週間後また行かなくなりました。

 娘の事情を聞くと「みんな言葉遣いが汚い。乱暴。」と言っていました。確かにここの地域柄は活発で、しとやかな会話をする人が見当たりませんでした。私も子供たち同士の言葉遣いのやり取りはもう少しなんとかならないかと思っていました。私自身、「そんなんじゃねぇよ」「んなわけないじゃん」とかいうやり取りはしてこなかったものだから、娘もこういう言葉遣いはしません。

 さらに娘が通っていた保育園は厳正なクリスチャンの風習を取り入れていて、言葉遣いの教育はとても重要視されていました。ですので、娘はとても丁寧な言葉遣いをする環境で育ったのです。

 「ごきげんよう」までは使ってはいなかったけども、「おはようございます」「さようなら」「ありがとうございます」と節度を持った環境でした。

 ですので、今の環境になじめるかは微妙でした。親が「娘が今の環境に慣れるのを待とう」と思う一方で、娘は今の学校環境に我慢できないくらい嫌気を感じていたようなのです。待っても慣れるどころの話ではなかったのです。

先生の対応に不満も…

 担任の先生の考え方にも疑問を持っていました。

 毎日心配そうに電話をしてくれてたのですが、「宿題は気にしなくていいので、とにかく来てください。」の一点張りでした。こちらの事情を話す前に電話を切られ、なかなか言えずに日が経ったころ、夫が引っ越すことを提案してきたのです。

引っ越しを決意するがまたも子供の間で衝突が

 その頃2人目ができて部屋が狭い事、長女の環境も考えてあげたいこと、一番の理由は夫がずっと前から部屋探ししていて、いい物件が見つかったことでした。引っ越す理由の条件が重なり、これで最後!と心に決めて引っ越しを決めました。

 最初は期待感でいっぱいだったでしょう。笑顔で学校へ行っていました。1週間後、また行きたくないというのです。

 お友達とまた衝突したのです。からかわれたのが気に入らなくて言い返したのだそうです。和解して仲直りすれば修復できるものだと思い、担任の先生に相談し、先生と娘ともう一人の子と交えて話すことができました。

 それは一見あっさり終わったように見えました。相手の子もちゃんと謝ってくれたし、娘も言い過ぎたと反省しました。娘も「もう気にしていない。」と言うので、大丈夫かと思えたのですが、それでも学校行くにはかなり渋りがあり、なかなか行こうとしません。

 もう少し掘り下げて効いてみると、先生が怖いというのです。口調が厳しくて、手を強く引っ張ってきて怖いというものでした。確かに先生は厳しい先生でした。小さな子はちょっと苦手かもしれません。先生に相談したら改善されるものなのかは疑問に思いましたが、思い切って先生に娘の正直なことを言いました。

 「嫌われちゃったかなぁ」とため息交じりに言われましたが、先生の指導方針は変えずそのまま日が過ぎてしまいました。

カウンセラーの先生と出会う

 ある日、担任の先生から学校にスクールカウンセラーの先生がいることを教えてもらいました。週に一度学校にカウンセラーの先生が来て、子供たちの相談に乗ってくれているというのです。

 子供たちだけじゃなく、親御さんの相談にも対応しているということでした。それならばと思い、長女のカウンセリングと私の相談を受けることにしました。

 娘はその先生をとても慕っていきました。とても話しやすい先生だったのでしょう。何か先生と秘密の話をするまで仲良くなっていきました。そして、学校を行くのを渋っていたのがなんとか保健室登校になりました。

 普段は保健室の先生が見てくれていますが、カウンセラーの先生が来る日はとても楽しみにしていて、他のカウンセリングが入ってない時間は長女の勉強を見てもらっていました。

 でもそれは長くは続けられそうにありませんでした。11月に入り、風邪の症状の子が保健室に来るようになったのです。保健室の先生はその子達のために対応に追われます。娘もここにいては邪魔になるだけでした。なので、何度も教室に行くように言いましたが、行きたくないの一点張り。引っ張っていくと大泣きで抵抗するのでした。

 どうしていいかわからない時に、ふと思いがよぎりました。私は結構前から鬱を患っていました。鬱というのは家族に一人いたらうつると聞いたことがありました。現在の私は食事も家事もうまくまともにできていません。やる気が全然でないのです。少し何かやってもすぐ疲れてしまいます。

 そのような状態だったので、子供が学校行きたくないのは、私からうつった鬱のせいではと思い、精神科で見てもらうことにしたのです。

精神科へ行くことに

 医師が長女の様子を見て質問をいくつかしました。

 その後「今度はお父様もつれてきてください。大事な話があります。」と言われました。

 何?と不安がよぎりました。1ヵ月後の診察日、夫もつれていきました。そしたらその医師が言ったのは「自閉症スペクトラムの疑いがある」と言うことでした。念のためにウイスクというIQを調べるテストを受けました。結果はIQ75。高すぎるとも言えず、低すぎるというほどでもない結果。自閉症スペクトラムと言うほどの差は見えないけど、グレー領域の扱いでした。

 そして言われたのは「通院するほどでもない。でも治療方法はない」という見解でした。

 どうしてそうなったんでしょう。

 医師に言われるがまま自閉症スペクトラムの診断を受け入れるしかないのか、向き合うのに相当時間がかかってしまいました。

 保健室の先生が長女の相手ができないという事になってしまってから、娘は行かなくなりました。家でずっと遠くを見てじっとしていました。

進級をして少しづつ何かが変わる娘

 春休みが過ぎ、進級しました。今度はクラスメイトが入れ替わって、先生も変わりました。始業式こそ行けませんでしたが、頑張って一度新しい先生を見るために学校へ行きました。

 今度の先生は親しみやすい先生だと言ったのです。先生の毎日の声かけの電話があり、娘は給食時間に合わせて行くようになりました。でも、まだ教室に入るのがとても勇気いるみたいです。

 毎日送りに行ってるのですが、学校の入り口の前で一度、ランドセルの肩紐をぎゅうと握りしめ、廊下を見つめて生徒がいないかを確かめます。誰もいなくなったらさっさと下駄箱までいき、室内用の上履きに履き替え、恐る恐る教室まで行きます。

 そして、教室のまで立ち止まり、もう一度ランドセルの肩紐をぎゅうと握りしめ、一生懸命入ろう入ろうとします。これをみて、娘はいつも何かと戦ってると感じていました。でも娘は詳しく話してくれません。どうしたらいいか悩みました。

もう一度病院に診察を受けることに

 これじゃあ何も変わらないと思い、思い切ってもう一度、発達障害なのかどうかを見てもらうべく、今度は違う病院を探し出し、小児科専門の精神科を探すことにしました。

 やっと見つけたのは7月。夏休み前。その時にTOSCAという東京都発達障害者支援センターで、娘を診てもらうことにしました。

 担当してくれた方はとても丁寧に細かく娘を見ていました。そして、私の話も細かい事聞いてくれました。娘の生い立ち、性格、今までやってきたこと、ケガや病気の病歴、いろいろ聞いて話していただいたことは、

「彼女は自閉症スペクトラムじゃない。でもグレー。ちょっとはあるかもしれません。」

「でも、自閉症スペクトラムというよりは、ADHDの方が確実にある。新しい病院でも言われると思う」と言われました。まったく見当もしなかった病名に私は戸惑いました。

 3日後、予約してた小児精神科病院に娘を連れて行きました。まず、今までの保育園から今までの連絡帳や成績表をだし、ウイスクの検査の結果も出しました。それを読んでもらった後、娘の質疑応答がいくつかあり、それで出た結果、

「娘さんは発達障害の中のADHDを持っています。薬の投与が必要です」

と言われました。

 何故前の医師とは病名が違うかも聞いてみました。先生が所見で見たところ、最初に目がいったのは姿勢の悪さだといいました。ADHDの子は運動しない・できない子が多く筋肉が発達していないため、姿勢を保つ筋肉が他の子より少ない。それで姿勢を保てなくて、姿勢が悪く、だらしない姿に見えてしまうとのことでした。

 だらしない以外に長く集中して話を聞いてることができていない。先生との話が途中で飽きてしまう事、それでも娘ははっきり意思を持っていること。それは自閉症スペクトラムよりADHDに当てはまるという事でした。

 学校の先生が怖いというのもきっと怖い人なんでしょうね。と同意していました。

「こういう症状の子はいきなり手を引っ張らると何があったのかと気が動転してまいます。まずは声を先にかけるといいでしょう」

と言っていました。

投薬での治療。

 ADHDの薬としては、コンサータ錠とストラテラ錠があり、どちらか選んで飲ませるよう言われました。ストラテラ錠は効果が出るのは少しづつかかるけども効果が出始めたら1日中効く。コンサータは一日中効く薬ではないけど、即効性があると言われました。

 私は早く娘の効果が見られる方がよかったので、コンサータを飲むことを同意。夏休みから薬の投与が始まりました。コンサータという薬を量を3段階に分けて飲み続けます。

 最初の1か月はコンサータ18mg。夏休みあけてから27mgに増量。飲んで変わったのは、今まで勉強をする気になれなかった娘が自発的に自習をするようになったことです。集中を切らさずに目標のページまでやりきることができたのです。これだけでもだいぶ効果が出たと思ったら、一人で寝るようになったこと、妹にも優しく接するようになりました。

 ただ、不登校気味なところはまだまだ時間がかかりそうです。ゴールも何も見えていません。それと薬をずっと飲ませ続けることでの副作用も心配ですので、いつかは止めなくてはいけません。色々、不安は尽きません。

[参考記事]
「ADHDの小1の息子に起きた学校や学童での困りごとやイジメ」

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