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発達障害の息子の幼稚園や小学校での苦難。担任「薬、増やしてください」

 この記事は40代の女性に書いていただきました。

…………..

 私の息子は今、小学校五年生です。4歳の時に病院で発達障害があると診断されました。自閉症スペクトラムとADHDの合併です。

 診断に至る経緯と、診断後から今までの様子をお話しします。

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★ 「少し、気になりますね…」と言われて。

 待望の子供が生まれたのは結婚して2年後のこと。不妊治療の末に授かったので何よりも嬉しくて、喜びいっぱいに子育てをしました。ですが生まれて間もなく、初めて感じた違和感の一つが、「眠らない赤ちゃん」だったことです。

 長男は、日中ほとんど泣き続け、お布団に下ろすことができませんでした。みんなそうだよ!と周りのお母さん方に聞く話と比べても、この子は違うと感じていましたが、何がどう違うのかは分からず、1歳半健診の時期がきました。

 保健師さんが、何度も何度も長男を見ては、「少し目が合わないのが気になりますね」「こんな風にゴロゴロ寝転がりながら遊びますか?」と聞いてきました。

 私も気になっていたことだったのですが、なんとなく認めたくなくて、「家ではそんなことはないです。今日は検診で疲れたのだと思います」とお返事をしてしまいました。

 なんとなく感じていた我が子の違和感に他の人が気づくことが怖くてならなかったのです。この時は障害があっても認めたくなかった私でした。せっかく授かった子どもが障害児だとは受け入れがたかったからです。

★ 「みんなと一緒に遊ばないし、身支度も遅いです」

 3歳で幼稚園へ入園しました。この頃になるとお喋りもコミュニケーションも一見普通にでき、私も育児が少し楽になってきました。ですが、DVDをかけると一日中見たがり、その中のセリフをまるっきりコピーのように覚えてしまうのには驚きました。

 また、ミニカーやおもちゃを綺麗に一列に並べ、それを寝転がって見つめながら遊んだり、友達の存在がまるでそこにいないかのように振る舞い、一人で遊んでいました。そして偏食がひどく、おむすびや玉子焼きなど、少ない品目しか絶対に食べようとしませんでした。

 今から考えると以上のような発達障害の特徴がこの頃から現れていました。

 入園先の幼稚園は温かく迎えてくれましたが、心配をしてくださったのか、「友達となかなか遊ばなくていつも一人遊びが多いんです。」「外遊びの身支度が遅く、手伝わないと廊下や教室の掲示物に見とれて遊ぶ時間が終わってしまうこともあるんです。」とお話を頂きました。

 これはもう何かの問題が長男の中にあるんだろうと思った私は、覚悟を決め、すぐ発達に詳しい地元の医科大学病院へ診察の予約をしました。

★ 病院での診断は、「限りなく黒に近いグレーゾーン」

 WiskⅣ(ウィスクフォー)という検査を受け、日常生活を詳しくまとめた資料をお医者さんにお渡ししました。診断結果は「自閉症スペクトラム」と「ADHD」…学習知能は高いけれど、コミュニケーション能力が低い、凸凹がかなり大きく差があるので、本人の頭の中は大変混乱しているでしょう、発達障害ですね、ときっぱりおっしゃいました。

 また、「グレーゾーンではあるけれど検査項目によっては知的障害レベルのものもある、限りなく黒に近いグレーゾーンです」ともおっしゃいました。

 私はそれを聞いた時、覚悟はしていたので、やっぱり・・・という気持ちと、障害だという診断がついたことでとてもほっとしたのを覚えています。

 それまでは、「私の躾が悪い、もっと遊んでやらないから」と夫や実母に言われてきました。

「一生懸命に楽しく工夫して遊んでいるのに。周りのお母さんより頑張っているはず。なぜみんなは育児が楽そうなんだろう…どうしてほかの子供は名前を呼ばれたら返事をするのだろう?」

 こ診断の瞬間、たくさんの疑問と悩みが一気に解決したような爽快な気分だったのと、障害がわかったことで、これからの関わり方を教えてもらったり覚えていくことができるんだ!という安堵した気持ちでいっぱいでした。

★「ストラテラ」というお薬

 4歳でおよその診断がつき、5歳の誕生日を迎えてもう一度診察を受けましたが、発達障害で間違いないだろうとのことで、小学校の入学を前に投薬を開始していくことになりました。

 幼稚園の卒園まであと4か月と迫った頃のことです。幼稚園生活ではやはり落ち着いて椅子に座れなかったり、友達との関わりも薄く、けだるそうに廊下に寝転がったり、子どもたちへ一斉に向けられた指示が全く通らず出遅れていました。

 小学校へ入学したら、差が歴然となるので自己肯定感が下がって自信を失わないように、少しずつ薬を飲んで慣らしていくのです。ただし薬は症状や障害を治すものではないので、あくまでも周りの温かな関わりが一番大切ですとのお話がありました。

 はじめはストラテラという薬が処方されました。神経の伝達を良くするための目的がありますが、効果が出てくるのに何か月もかかります。飲み始めてあっという間に入学の時期となりました。

 わたしは、長男のことを考えて特別支援クラスへ入学させることに決め、少しサポートをしていただきながら楽しく学校生活を送れるようにと思ってのことでした。

★ 「お薬、増やしたらどうですか?」という担任の先生

 特別支援クラスへ入学しましたが、お薬の効果が出てきたこともあって落ち着いている長男はほとんど交流クラスで授業を受けていました。少し多動・多弁ではあるものの、まだ幼い1年生のうちはいろいろなお子さんの中で目立つこともなく、楽しく過ごし、勉強も生活もスムーズでした。

 安心しながらも、特別支援クラスでは特に親と面談もなく、年間の取り組み目標なども頂けず、長男のソーシャルスキルトレーニングなどもあると聞いていましたがそれもなく、様子も伝えて貰えませんでした。

 連絡帳などを持たせたいとお願いしてもその時の支援クラスの先生は受け入れてくれませんでした。それどころか夏休みと冬休みの宿題は、交流クラスの普通の子供たちと同じ量の他に、50ページものプリントが加えて出され、親子で泣きながら頑張ったものです。勉強が遅れているわけでもないのになぜこんなにも量を増やすのか聞いてみましたがお返事がありません。

 わけがわからない中で、1年生も終わろうとする3学期のお楽しみ会で、ちょっとした事件がありました。ビンゴゲームにクラス全員が参加したのですが、1位の景品が貰えなかった長男。参加賞としてもらったものは、1位の景品と同じものだったのにも関わらず、最後まで当たらなかった残念な気持ちが爆発してしまい、パニックを起こしました。教室で暴れたのは入学後初めてのこと。もらった景品を投げたり教室から出ようとしました。

 私もそんな姿を見るのは初めてだったので少し驚きましたが、もっと驚いたのは担任の先生の言葉。「こんなことですぐにキレるようなら、お薬をもっと増やしてもらった方がいいんじゃないですか?」の一言…

 普通クラスの担任とは連絡帳を作り、関わりについてお願いをしたり、担任からも様子を伺ってコミュニケーションをとってきたつもりだったので、理解していただけていないんだと分かりショックだったのを覚えています。

★ そして今

 今は五年生になった長男ですが、少しずつ反抗期も加わり、また自分と周りとの差を感じては悩んだり、気持ちが抑えきれず暴力をふるったり、学校から飛び出してしまうことも増えてきました。

 親としてはそのたびに、学校と話し合い、どんな関わり方がその子にとって、ひいては周りの子供や先生にとっても良いのかをお伝えしてきました。日々コツコツと長男を理解していただくために、親としてできることは何か考えています。

 そんな時、この春から日本でもADHDの子どもへの服用の許可が下りた新薬「インチュニブ」について、お医者さんからお話を頂きました。今までのお薬は情報伝達をするだけでしたが、インチュニブは情報伝達が増えるように調整してくれる働きがあると期待されているとの説明でした。

 インチュニブは時間が経つと眠気が強く出やすいので、少しずつ飲む時間を調節しつつ今は必要量の半分を服用しています。これから徐々に増やし必要量を飲んでいく予定です。飲んでからはやはりいろいろな反応が良くなりました。特に感じるのは会話のしやすさです。返事はもちろんこちらにきちんと注意を向けているので聞き返しや言い直しが少なくなり、本人も快適さを感じています。

 またイライラが減って、穏やかになってきました。これから中学入学へ向けて、さらにいろいろなことが悩ましくなってくる時期ですがその前に新薬を飲用することができ、とても良かったと思っています。ただし、これだけ効果があるということは、それだけ強い反作用(副作用)もあることなので、注意をする必要はあります。薬のメリットだけではなく、デメリットにも目を向けて決めていくのが良いです。

★ 最後に

 発達障害があるかもしれないと悩んでいた時は、もやもやした生活でした。また周りに、もしかして障害があるのかも?と思われるのが嫌で、外出先では長男の行動を取り繕い、大変なストレスでした。しかも夫や実母にも責められたり、育児の方法を改めるように言われたりして本当につらかったです。診断が下りてからは、本当に安堵し、しっかりと受け入れることができました、

 少しでも早いうちに病院へかかり、病院だけではなく支援センターや市の相談窓口、障害のある方向けの講演会や勉強会へ行ったり、自分も発達障害コミュニケーション指導者の勉強をするなど、あらゆる方法で長男への関わり方を模索しました。

 子どもは日々成長し、今日まで大丈夫だったことが明日にはもう通用しないこともあります。また少しずつ成長していくので、親にも感情を隠すようにもなっていくでしょう。

 そしていづれは社会の中で、人に助けられながら生きていくことになります。しかし最後には自立を目指していかなくてはなりません。そのためにも少しでも早い時期から相談したり、関わり方を教わることができて、良かったと思っています。

 発達障害でも生きていきやすい社会になるように、祈ってやみません。

[参考記事]
「イベントで発達障害の子に癇癪を起こさせないで楽しませるには」

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