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死にたいと思い続けている発達障害の私が生きている理由

この記事は前田穂花さんに書いていただきました。

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【ゴメンなさい、また自傷してしまいました】

 発達障害に身体障害と軽度知的障害を併せ持つ「三重苦」の当事者プロライター、前田穂花です。

 もうそろそろ時効かな…と思うのでここで告白したいと思います。

 先月、私はまたリストカットしてしまいました。

 生きているってただの苦行みたい、いったい何の意味があるの?社会に何ひとつ貢献できない私なんて生きている資格がない、苦しい、苦しいよ。消えてしまいたい…そう思い詰めているうちに、気づいたら自分の左手首をカッターで切っていました。

 別の表現をするなら、切った痕から赤い血が流れているのを見ることによって「まだ私は生きているんだ」と再認識する自身が存在しました。

 夏にはオーバードース(薬の大量服用)を実行してしまいました。どちらも大事にはなりませんでしたが、その後いろいろ大変でした…。

「#死にたい」の裏に潜む活きづらさ

 さらに不謹慎なお話ですが、私も先日相当に世間を賑したTwitter上での「#死にたい」「#メンヘラさんと繋がりたい」のつぶやきを全世界に発信していたひとりです(座間事件の発覚前に別のトラブルで一旦かつてのTwitterのアカウント自体を削除してしまったので、現在は私のtweetでもそのテのつぶやきは存在しません)。
※メンヘラとは心を病んだ人という意味

 とにかく、私は常に死にたくて死にたくて。でも周囲にはそういう重たい話はしちゃいけないんだ、くらいの理性は私も働く。それで死にたくなるほど苦しい心情をSNSに吐き出すことで自分の心を保っていました。

 「いのちの電話」「よりそいホットライン」などの相談電話に繋がろうと自発的に思える方はまだ幸せだと思います。本当に苦しいと、第三者に電話することすらつらく、苦しい記憶を一から相談員さんに話しているうちに、苦しい過去がフラッシュバックして、余計に精神的に不安定になってしまう私です。

 そんな私にとっては、相手(第三者)と適当な距離感があるSNSは、そこそこのセーフティネットの役目を果たしてくれる存在でした。

 今回の座間の事件で、そういうツイートをしている利用者は自動的にアカウントを削除しようという世間の流れになっている現実が当事者のひとりとしてつらいです。周りの人には重た過ぎて話せないからこそ、適示SNSで苦しい感情を吐き出していたのは私に限らないでしょう。

 「死にたいなんて言う奴は心が弱いんだ」という説教には、私はすっかり疲弊し嫌気が差しています。弱いことは自覚していますが、心が折れていて修復できそうにないのです。心が弱いことは承知の上でSNSに吐き出すことしかできなかったのに…それさえも犯罪を犯しているかのように非難されて、私たちは本当にいったいどこに行けばいいのでしょう。

発達障害ゆえに味わい続けてきた人生の辛酸

 発達障害である私は疎外感ばっかり味あわされて生きてきました。「育てにくい子ども」であることを理由に、私はたびたび変わる養育者(※養子縁組しています)に虐待され、ひどい言葉に曝されて心をぼろぼろにされました。

 そんな状態で学校でも家庭でも事実上のけ者扱いされていたので自分に自信が持てません。おどおどと他人の顔色(私の場合、正確には声色)ばかりを伺っている私は、学校や職場や家庭でも常にイジメのターゲットでした。精神疾患を持つ元夫には理不尽に殴られ、元夫の知人に暴力を受けることもしばしば。

 発達障害により「空気が読めない」からこそ、もっと好かれるように努力しようと「お人好し」な自分を演出したところ、逆に付け込まれて他人に利用されとんでもないトラブルに発展したり。それでも今度こそは信じてみようと相手を信頼し、結果また騙されてしまったり。

 幼少期の記憶から思春期、成人後から現在に至るまで、空気が読めず言葉を字面通りにしか解釈できない私は、他者にいいように扱われては心を踏みにじられ続けました。

 気が付いた時、私の掌に残っていたものは33回にも及ぶ精神科入院歴と多額の負債、そして精神科で投与された向精神薬のせいで歩くこともままならなくなったボロボロのカラダ。付録は左手首に今も残る幾つもの切り傷の痕。

 負債については大人の責任としてきちんと債務整理を果たしましたが、お金の問題は解決の途があっても、しかし心と身体の問題は金銭では補ったり償ったりはできない性質のものです。これまで生きてきた軌跡において、私の人生はひたすら隠したいことや誤魔化したいことばかりで、つらくてこのまま消えてしまいたくなります。

 その挫折体験が問題行動をはじめとする、発達障害の二次障害の表出という形で私をさらに貶め、私はこれまでの人生の時間のおよそ半分を精神科の閉鎖病棟で無為に過ごしました。

 精神科病院を退院し、ようやく街に帰ることが叶いましたが、入院中あれだけ夢見た一般社会での暮らしは、実際には憧れにほど遠いどころか、病院以上にさらに苦しい場所でしかありませんでした。

 障害を負って生まれたことも、それによって家庭が安心できる居場所でなかったことも、いじめられたことも、二次障害を呈して精神科病院に入院せざるを得なかったことも、この社会は全てを「自己責任」だとして私を責めるばかりです。

 どれひとつとして私自身の決断でも判断でもなければ、自身の力では拒否することしかできなかったというのに。それでも「自己責任」だといわれてしまえば、重い障害を幾つも抱えてどうしようもない私はもう自ら死を以て贖う(あがなう)しかないだろうと、いつもそう結論つけるしか術を知りません。

 「生きていてごめんなさい」と私はいつもいつも後ろめたい感情を抱きつつ過ごし、眠る前には「もうこのまま目が覚めませんように」とお祈りして眠るほど、心が追い込まれている私です。

発達障害の苦しみを言葉で発信することが私自身の役割

 それでも障害によって苦しかったことを、同じような問題で全てを諦めようとしている皆さん、発達障害と診断された子どもさんとリアルタイムで向き合っている親御さん方に向けて、本当は当事者として何を望んでいたのか声を上げることこそが、私に課せられた役割だと信じています。その強い想いが私をどうにかこの現実世界に繋ぎとめてくれているのです。

 匿名であればある意味どういうことだって無責任に発言できるでしょう。しかし、私の話すことの重たさがより読者の皆さんに伝わるようにとの願いから、それなりのリスクはありますが、私は前田穂花として、名前も顔もきちんと出した上で自身の考えを日々社会に発信しています。

 インターネット上でも、発達障害当事者が自分の言葉で語れる場所というのは、これまで皆無だといってもいい状態でした。そんな過去も鑑みれば、私の考え続けた様々な事柄を皆様にお伝えすることは意義があるのだと捉え、同時に障害を抱えて日々悩み続ける私が、こうして皆様に自身の想いを伝える機会を与えられたことに深謝したいと思います。

 私がこうして死にたいと常に思い悩みながらも、一日一日を真摯に生きることこそが、私自身の人生の証であり、うまく生きられない方々への応答だと、五十歳になる今はそう思っておきたいです。

[参考記事]
「発達障害を精神疾患だと誤診され、社会生活が不可能になる患者達」

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