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娘の発達障害に気付くまでの育児は泣きたくなるほど辛い

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この記事は自閉症のお子さんを育てている30代の女性に書いていただきました。

………….

【1歳までは、順調そのものと思ってた】

 発達障害の子は、赤ちゃんの頃「手がものすごくかかるか、全くかからない静かな子か、どっちか」と聞きますが、我が家の場合ごく普通だったという記憶しかありません。上の子が運動の成長が遅かったのに反して、2歳差で生まれた娘は、どんどん活発に動き、にっこり愛想も良くて、なーんの心配もなく、笑顔で育てていました。活発な分、どんどん危ないことやよそで迷惑かけることをやり始めるので、止めるのは大変ではありましたが、子供はみんなそんなもんだよね、程度でした。

 1歳になっても娘は全くしゃべり出しませんでしたが、もはや上の子で育児書通りにいかないことに慣れてしまっていたので、言語能力が運動能力に持っていかれてしまったのね~と楽観的に考えていました。そのうちしゃべればいいんだよ、そういえば私も遅かったと親から聞いてたし、私に似たんだなぁと完全に楽観視していました。自治体の1歳半検診で相談はしてみたものの、特に深刻に感じてませんでした。

【2歳の頃から伝わらない、私への過剰な執着、寝ないの三重苦】

 検診で相談した後、自治体の保健師さんから数か月に1度電話がかかってきて、経過を報告してましたが、それと並行して2歳前になると、私自身がとても育児がつらくなってきました。
〇第一「伝わらないこと」

 言葉をしゃべらないどころか、こっちが言ってることも分かってない様子で、「立って」「ダメよ」なんかも一切聞かない、そもそも名前を呼んでも一切振り向きません。まず疑ったのは、もしや耳が聞こえてない?ということ。そうして音が聞こえているのか観察してみたのですが、おやつの包み紙をはがす音なんかにはパッと反応して走ってきますし、玄関の音に反応して出て行ったりはする。うーん、耳は悪くないようだ・・・これは一体なんだろう?と不思議で仕方ない状態です。

 さらに危ない場所でも平気で飛び出していき大声で止めても聞かない、周りの人の持ってるものを無理やりでも取り上げようとし止めたりすればかんしゃくを起こします。私はそれを必死で止め、謝り、こうしてねと手本を見せたり、それはだめだよと怖い顔で注意したり、ときには手をたたいて伝えようとしましたが、全く本人には伝わらず、かんしゃくが悪化して事態が酷くなるだけでした。力や運動神経だけはどんどん伸びていくので、止めるのも必死です。

〇第2「私への過剰な執着」
 そして、私への異常な執着が過剰で、他の人が近づくだけで嫌がり、誰も寄せつけないことがさらに私を苦しめました。私がちょっとトイレへ行きたくても付いてきますし、何か物を取りに他の部屋へちょっと移動しようものなら大泣きしてひっくり返って泣いたり、外で誰かが「かわいいね」と声をかけてくれただけで娘は敵意むき出しで奇声を発しました。

 父親すら寄せつけず、私はすべて1人で娘を見るしかありませんでした。他の人の善意はすべて仇になり、どんなに体調が悪くて休みたくても、上の子の相手をしたくても、下の子は一切それを許してはくれませんでした。後追いや人見知りは、一時期誰でもある発達過程だと思いますが、それが余りにも異常に激しい反応で、それがかなりの長期間続いたのです。

〇第3「寝ない」
 さらに疲労に拍車をかけたのは、「寝ない」ことです。2歳前後ですので昼寝をしていましたが、すると22時や23時、酷いときは日付を超えて1時や2時まで起きていることがありました。日中はこれでもかというぐらい遊ばせ、昼寝も1~2時間で特別長いわけでもなく、お風呂も食事も早めでしたし、夜は暗くしてテレビ等も控えることを心がけました。しかし、真っ暗にして誰も相手にしなくても、1人で奇声をあげながら延々と起きてるのです。

 昼間は必死で追いかけ回して、周りに危険がないか張り詰めてぐったり疲れてるのに、休みたいと思っても寝かしつけに何時間もかかり・・・。真っ暗闇で大声あげながら家族に乗っかったり蹴ったりと乱暴してくる娘を、「いい加減にしなさい、寝なさい」と怒鳴りつけたこともあります。言っても全く分からないのですが、言わずにはいられませんでした。起きるのも異常に早かったり、細切れに起きたりと、一晩しっかり寝たということが無い時期でした。今日が終わった気がしないうちに、もう次の日の朝が始まってる、そんな毎日でした。

 今一生懸命思い出してこれを書いてますが、毎日が辛すぎて、今思い返すと毎日の記憶が余りありません。とにかく「思い切り寝たい」「1人になりたい」と懇願していた・・・それは鮮明に覚えています。

【1人で抱え込むしかなく、辛い時期】

 そして、これらのことを周りに相談しても、「子供はそんなものだよ」「育児は我慢が大切だよ」さらには「話しかけが足りないんだよ」「寝ないのは親が環境を整えてないから」などと、さらに追い詰められるだけでした。どうして一生懸命やってるのに、ダメだ頑張れと言うのだろう、私はそんなにダメな親なんだろうか、と落ち込みますが、落ち込んで涙を流したいときでさえ娘は待ってくれず、高いところに上ったり鍵をはずして外へ出ようとしたりして、涙を流す余裕もくれはしませんでした。

 外へ行けば、かんしゃくや奇声や迷惑な行為で注目の的ですし、謝ることにも止めることにも疲れ切って出かけるのが苦痛になりました。が、家にいてもその有り余るパワーを発散できず家じゅうのものを壊したり暴れたりで休まるわけでもない上に、同居していた祖父母から「他の子と遊ばせないから成長しない」「子供は外で遊んでこそだから遊んできなさい」と言われ、家にいても辛く、最終手段は、延々とドライブすることでした。車に乗ってるときだけは娘もチャイルドシートにがっちりと座っていますし、心地よいのか大人しかったです。

 何の用事もないのに、延々とドライブして、毎日毎日飽きるから山道やら普段行かない場所まで走っていました。車の運転はどちらかというと苦手でしたが、それでも車を走らせているときが、一番楽だな、と心から思った日々でした。節約家な方だと思いますが、ガソリン代なんて、あの苦痛からしたら大したものではないと思ったぐらいです。

【そして、発達相談へ】

 もう疲れ切って毎日をやり過ごすだけの日々の中で、今思えば最初の一歩だったのは、保健師さんとの電話のやりとりです。久しぶりにかかってきた電話に、言葉をしゃべるどころか言ってることも分かっていない、とにかく言うことを聞かずかんしゃくがひどい、周りに迷惑ばかりかけて居場所がなくてどこへも連れていけない、寝なくて夜も休めない、と、発達の経過というよりはほぼ私の愚痴のような内容だった気がしますが、電話で伝えたところ、市の発達相談を受けにきませんかと勧められました。

続きは「発達相談の時に言われた臨床心理士の酷い言葉に涙」

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